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日本図書館研究会研究例会(第252回)報告


日時:
2008年4月18日(金) 19:00〜21:00
会場:
大阪市立弁天町市民学習センター
発表者 :
伊藤 昭治
テーマ :
図書館職員の研修でおさえておかねばならないこと
参加者:
31名

 伊藤氏は、2007年4月〜2008年3月まで三木市の教育委員会で「図書館指導専門員」として図書館職員の研修と図書館経営の相談を行った。週に2日の出勤である。行くようになった動機は断りきれないご友人の勧めもあったが、「図書館の専門家としての知識と技術を発揮すれば時代遅れの図書館でも委託制度を導入せずに活性化することができるのではないか実証してみたい」という伊藤氏の思いからであった。

今回の話の内容は、大体次の10点であった。

  1. 三木市の図書館の様子
  2. 利用者の期待に応えるために最低おさえておきたい数値や事柄の紹介
  3. 三木の図書館を大きく変えるための手段
  4. 職員の意識改革
  5. 行政当局が考えるおかしな施策の紹介
  6. おかしな意見に反論できる力をつけるには何が必要か
  7. 職員研修で配布した資料の紹介
  8. 図書館学教育の欠陥
  9. 三木市立図書館の利用状況の変化
  10. 職員の意識の変化

以下、各々について話されたことを簡単にまとめておく。

1)三木の図書館の様子

 三木の図書館は、「30年前、いやそれ以前の図書館を見るようであった。」具体的には、「図書館の役割についても殆ど無知で、思想善導の教育機関だと思っているようでもあった。住民も図書館は学生の勉強場といった理解の仕方で、図書館が多くの住民に必要な施設だという認識はなかった。」

2)利用者の期待に応えるために最低おさえておきたい数値や事柄の紹介

 図書館を活性化させる為には、先ず自分の図書館が現在どういう状況であるのかを数値的に把握する必要がある。具体的には、「市民のどれ程が図書館を利用しているのか」「どのような人に利用されているのか(年齢別利用者数、職業別利用者数)」「利用されている本はどんな本であるか(読まれない本の分析、ベストリーダーの調査)」等を分析し、知っておくこと。また、「収集方針はおかしくないか」「予約制度は完全に実施されているか」「文化人やマスコミ関係のおかしな論調をおかしいと指摘できるか」等も日常的に考えておく必要がある。

3)三木の図書館を大きく変えるための手段

 予約制度の徹底的な宣伝。「図書館は皆さんの読みたい本を集める窓口です」のキャッチフレーズのもと、図書館は利用者の読みたい本を提供する所であることを利用者に知らせた。そのため、@館内にこの趣旨のポスターを掲示、Aリクエストによる購入冊数制限の撤廃(それまでリクエストによる購入は一人1冊までであった)、B書架配置の変更、C館内を明るく、騒音が気にならぬようBGMを流す、等を行った。

 一般市民の図書館観を変えるため、住民を対象にした「図書館の役割を考える」講演会の開催をした。
 「こう考えているうちは図書館の発展はない」事柄、公立図書館であるがために、してはならない事柄を話した。

4)職員の意識改革

 図書館員として知っておかねばならない最低の知識を教えることで「図書館の役割は何か」を考えさせた。そのため週に1回、勤務時間外に職員研修会を行った。正規の職員は勿論、嘱託、アルバイト、それに後半になると噂を聞いて小野市立図書館の職員も参加するようになった。まず読んでほしい文献の紹介、次にマスコミや文化人が言っている事例には間違いが多いことを具体的に示し、解説するため170もの資料を配布した。

5)行政当局が考えるおかしな施策の紹介

 図書館員が図書館の役割を理解していないと、行政当局のおかしな施策の誘導にも疑問を持たない。三木では「寄贈本を歓迎し、個人名をつけた文庫を奨励する」「休館日をなくせば利用は増える」「住民基本カードで貸出すれば良い」等の指導があった。「住民基本カードで貸出すれば良い」に関しては、図書館に相談なく市の広報誌に「住民基本カードを貸出券にも使えるようにします」という提案が載った。すぐ撤回させたが、図書館もなめられたものである。

6)おかしな意見に反論できる力をつけるには何が必要か

 おかしな意見は行政からだけでなく図書館界やマスコミからも出てくる。公共図書館を一度も利用したことがないのか、現場を意識しない空論や机上論、時流に乗った軽薄な意見が論文として横行している。それらに踊らされず、どう解釈するか。またおかしな意見を持つ相手に納得させるにはどういう説得の仕方が有効か。職員研修ではこのことをめざし、個々の事例を一つ一つ勉強した。そして「自分ならどうするか」を考えてもらった。

7)職員研修で配布した資料の紹介

 新聞、雑誌に載った図書館に関係する記事等、図書館の役割を考える材料として使えるものを計170もの資料を配布し、研修会に使用した。例えば

8)図書館学教育の欠陥

 三木の職員研修で心掛けたのは「現場で役に立つ実際的なことを学ばせる」ことである。図書館学は実学である。現場で役に立たねば意味がない。三木の職員研修で行ったことはそのまま司書課程の授業でも使える。図書館学教育ではこうした図書館の現場で起きる具体的な事例に対応できる知識を教えているだろうか。

9)三木市立図書館の利用状況の変化

 貸出冊数は伊藤氏が三木に行き始めた2007年4月から翌3月までの対前年比で56パーセントアップした。予約件数は対前年比で2.47倍のアップである。それと共に市民から勇気付けられるような投書も多くなった。レジメに紹介されたものから抜粋して紹介する。

「図書館の変化は見違えるようです。館内の方々に常々本当にお世話になり頭が下がります。いつでも親身になってリクエストに応えてくださったり、トイレなどにも花を絶やさず館内を清潔に保たれていて心休まる場になっています。話題の本や新書が見やすく整理され読みたい本がすぐ手にとることができるようにされています。以前の硬いイメージの図書館ではなく市民に開かれた憩いの場、学びの場にしてくださって、感謝しています。」

10)職員の意識の変化

 最後に三木市職員の戸田誠之氏の論文「私の図書館観の変遷」が読み上げられた。これは『談論風発』2巻4号に掲載されたものであるが、当日配布のレジメにも全文掲載された。行政マンの戸田氏の図書館観が伊藤氏の研修を通じどのように変わっていったのか、克明に述べられている。かなり長いのでここでは最後の部分だけを紹介したい。

「今後、私たちは与えられた環境がきびしくても、みんなで協力し、できるだけ利用者が使いやすい運営を行っていきます。為政者の方ではなく、いつまでも利用者の方を向いていたい。」


 研究例会参加者の約半数は、いつもと違って現役の公共図書館員であった。伊藤氏の実践を現場で生かしたいとの思いの表れであろう。私事ながら私の勤務する図書館でも予約のPRの仕方を早速真似させてもらった。配布資料も大部で、そこには研修で使った文献の目録も含まれていた。また研修で配った資料全てを持参されており、見せていただけた。分厚いファイル6つ分である。

 伊藤氏のもとには「まず原点にもどり図書館とはというミッションの自覚、そして現場で、周囲にある現実の事柄を取上げ、自分の頭で考える力をつける、その基礎として先進事例をしっかりと読み、思考の柱を組み立てるなどなど。人を育てることで、図書館が生き返るとの実感を強くしました。分厚い資料を見ながら学ばせた師も学んだ弟子もえらいなと感服。」との感想も寄せられた。日本図書館研究会の理事を始め、大阪府や滋賀県下の市立図書館長等著名人が多く顔を出しておられたのも特徴的であった。また、例会後、伊藤氏には配布資料の請求、関連資料の送付依頼等があったそうである。

(記録文責 八尾市立志紀図書館 村林麻紀)