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日本図書館研究会研究例会(第260回)報告


日時:
2009年3月21日(土)15:00〜17:30
会場:
大阪女学院大学・短期大学
発表者 :
川崎千加氏(大阪女学院大学・短期大学)
テーマ :
「自己形成スキル」に見る図書館教育の試み:情報リテラシーとキャリア教育の融合
参加者:
17名

0.はじめに

 今回の報告は大阪女学院大学・短期大学(以下OJC)の初年次教育の中に新たに開設された科目「自己形成スキル」の実践報告を中心とした。この科目は「読む」「書く」という学習スキルの養成を行うことにより、初年次の情報リテラシー教育やキャリア教育を横断的に繋ぐことを試みた。その結果から、「読む」「書く」ことによる自己省察が、情報リテラシー、キャリア形成に大きく貢献することが分かった。また初年次教育における図書館の役割が、読書による生涯学習支援にあることを再確認したものである。

1.大阪女学院における情報リテラシー教育の概要

 大阪女学院短期大学では、1998年から、大阪女学院大学では開学した2004年から「研究調査法」(大学の科目名「情報の理解と活用」)として、図書館利用教育を必修化した科目が実施されてきている。また、コンピュータリテラシーのための科目「デジタルネットワーク基礎」(必修)、を2005年度から1年次に設け、リテラシー科目群として運用してきた。

 「研究調査法」は半期の間にJLA図書館利用教育ガイドブラインの第1領域から第5領域までを包含する内容で、最終課題として6000字程度の論文を提出するものである。この科目では各自が興味のあるテーマで論文に取り組み、資料の収集、情報の記録、整理方法、出典表示など論文のスタイルを毎週の課題と小テストなどを通して修得する。図書館の活用、資料収集のための検索、批判的読みを含み、情報リテラシー科目の中核をなすものである。当該科目では、論文のための資料の収集や読解が求められるが、その読書力の低下が課題として浮上してきていたことを述べた。

2.全入時代の大学と初年次教育

 こうした読書力の低下は、多くの大学が抱える問題であり、近年特に初年次教育の中で取り組む課題としても重視されてきている。

 初年次教育、導入教育、リメディアル教育等の概念を整理し、初年次教育を中心に全入時代の大学が抱えている課題について概要を述べた。また初年次には基礎的な学習スキルと共に職業意識や就労意識を高めるためのキャリア教育が注目されており、キャリア教育への各大学の取り組み状況を把握した。

 初年次における図書館教育は必要であるという意識は高まっているものの、情報リテラシー科目の中に何時間かが組み込まれているに過ぎなかったり、コンピュータ・リテラシーに留まる場合も多く、それぞれが独立した科目となっている事例はまだ多くはない。OJCでは先述した図書館教育を必修化した科目、コンピュータ・リテラシー科目がそれぞれ独立して実施されており、今回の「自己形成スキル」は既存のリテラシー科目とキャリア教育とを結びつける試みでもあった。

3.「自己形成スキル」の特色

 OJCでは新たに学生の読解力、文章表現力に重点を置いた科目「自己形成スキル」を2008年度から必修科目として開設した。LMS(Learning Management System)を活用することで、「研究調査法」や「デジタルネットワーク基礎」等の科目との連携も円滑に図られている。

 科目名である「自己形成スキル」とは、「多様な考えや世界の情報を主体的・能動的に受け取り、それを通じて自己を高めていく総合的な力」と位置づけている。キャリア教育は職業意識の涵養や早期に進路を決めるなど就職活動に重点が置かれがちであるが、この授業では、その前提となる自分にとって幸せとは何か、どう生きたいか、ということを明確にする自己省察を重視している。さらに、様々な資料を読む機会と自己を文章で表現することを通して、大学の初年次に求められる学習スキルを高めることを目標にしている。

 そのために、キャリア教育と初年次教育の三要素として、(1)安定した人格形成に必要な自己理解・自己省察「自己形成教育」、(2)文章読解・表現力の向上を目指した「情報リテラシー教育」、(3)資料探索の技術を主とする「図書館活用教育」を設定し、これらを「読み」によって結ぶ授業となっている。

 「自己形成スキル」における学習テーマは、読書の世界の拡げ、自己理解と自己表現、自己の将来を考える、図書館の活用スキルと言う4点を挙げている。エッセイから論述文へと様々なジャンルの資料を授業内、外で読む機会を設けている。LMS上では、授業で配布する資料のすべてとエッセイの一部にwebからアクセスができる。また、紙媒体のプリント配布だけではなく、読むのが苦手な学生のためにエッセイの1文ずつをプロジェクターに投影し、講師が朗読することや、Weblogに公開したエッセイを携帯からも読めるようにし、blogにコメントを付ける、など多様な読書法を段階的に用いている。 また、自己省察の面からは、様々な著者によるエッセイや論述文を読むことで、多様な考え方があることを知る必要性を重視している。このように、読むことを通した自己省察とエッセイの作成は、自己の将来を自らの価値観などの根源的な所から考えるきっかけとなるよう工夫している。図書館の活用スキルでは、NDCの説明と図書館の配置を知ることと、レファレンスブックを利用するために、図書館を使う授業を2度実施している。これは複数の科目で連続的かつ系統的に図書館を利用する機会が作れること、課題作成の各段階に応じて図書館の利用、資料の選択や問題意識を深める効果を狙っている。

 発表では、期初、中間、修了時のアンケート結果から学生の読書機会、読解力、文章表現力の変化について述べた。この授業によって、62%以上の学生が「本を読む習慣が身についた」や、「論理的な文章を読む力が成長した」と回答した。読みたいジャンルにも変化がみられ、期初時から漫画、ケータイ小説、学習書は低下し、ノンフィクション、新書が増加した。また、文章を作成する力が成長したと感じていると言う回答は74%となった。さらに、87%がこの授業で図書館を利用するようになったとし、80%が学習に必要な資料を図書館でうまく探せるようになったとしている。図書資料の内容や特性を的確に把握できるようになったと回答した学生も90%に達するなど、一定の効果があったと思われた。

 キャリア教育の面からは、この授業を通じて、自己の個性をより明確に捉えられるようになったとする回答は74%であった。記述回答でも32%の学生が、自分を見つめ直して考え文章にしたり、他人の文章を読んで感想を書いたりすることで、自分の中の考えがより明確になったり新しい発見ができたと言った、読み書く作業が自己省察、自己確認の点でも大きく寄与したことを伺わせる記述が見られた。

4.まとめ

 キャリア教育の中に含まれる自己省察の部分や社会への関心を高める点を取り上げれば、自己形成レポートや論文を書く時の問題意識の明確化は、自己との対話が重要であり、自分自身の中から紡ぎ出す意識でもある。自己を振り返ったり、様々な資料を読む中で明確になる。今回の自己形成スキルでは、読み、書くという部分で情報リテラシー科目との連携を図った。また図書館が個々人の読みを支援することで、自己の興味や関心を広め、深める資料に出会ったり、様々な人生観や価値観に触れる機会が提供される。図書館と情報リテラシー科目との関連は言うまでもないが、キャリア教育における自己形成や社会的関心についても、読書による自己省察、社会への関心から自身の将来や価値観を確立するキャリア形成がなされる。この自己を振り返り、自己を高めて行くサイクルに資料を通した支援を行うことは、図書館が従来述べてきた生涯学習の概念に通じるものであることを述べた。

(記録文責:川ア千加 大阪女学院大学・短期大学)