TOP > 大会・研究会等 > 国際図書館学セミナー > 2008年度 / Update: 2008.11.27

第6回国際図書館学セミナー報告

プログラム等(開催案内)


1.はじめに

 2008年11月10日(月)、11日(火)の2日間、大阪市立大学文化交流センターにおいて開催された第6回国際図書館学セミナーについて、その概要を報告する。

 この国際セミナーは、2000年10月に上海市図書館学会と日本図書館研究会が締結した学術交流協定に基づいている。2001年10月に上海図書館で開催された第1回以降、3年目の調整期間も含めて開催場所を交互に開催しており、日本での開催は今回が3回目である。これまでの開催テーマは下記のとおりである。

 今回、全体のテーマとして「全域サービス」を取り上げた背景には、中国ではいま、都市部の大規模図書館サービスだけではなく、市民の日常生活に身近な小さな図書館サービス充実への関心も高くなっていることがある。昨年10月、上海図書館で開催された第5回国際図書館学セミナーの中国側参加者からも、草の根の図書館を含めた全域サービスについての高い関心が示された。これに関しては、『市民の図書館』をベースに日本で取り組んできた全域サービス、組織的な裏づけを持った図書館サービスの実践と研究の成果の共有が相互の交流に有効であるということでのテーマ選択であった。

2.セミナーの内容

 初日の内容は中国からの5名と、『図書館界』Vo.59 No.6(2008年3月)に掲載した報告者募集に応募してくださった日本側4名による発表であった。発表に先立ち、主催者を代表して川崎良孝日本図書館研究会理事長より、今回のテーマに関連するアメリカでの全域サービスの歴史展開の紹介も含めた挨拶があった。続いて王世偉上海図書館理事長(代読)、陳超上海図書館副館長にご挨拶をいただいた。

 1番目の報告は陳氏と金暁明上海市図書館学会理事副秘書長による、ユビキタス時代における上海の公共図書館の全域サービス体系構築の実践と構想についてであった。都市公共図書館の位置づけとして、「図書館は市民の生活に入り込み、どこにでも存在するという役割は、単なる情報技術で取って代わるものではない」と締めくくった。2番目は滋賀県立図書館の國松完二氏が、滋賀県立図書館を事例として全域サービスにおける県立図書館が果たす役割について報告した。3番目は楊浦区立図書館長の王婉卿氏が知的楊浦(=楊浦区が知識重視を区の理念とし、それを実行する区立図書館が活動を展開すること)について報告した。これは本の注文配送や講座開催など様々な館外サービスによって、市民に身近な「書斎」を提供することと位置づけられているものである。4番目は小郡市立図書館の永利和則氏が小郡市立図書館における学校教育支援について報告した。小郡市では公共図書館による学校教育支援を市の教育行政の一連の流れに含めているとのことであった。

 昼食休憩をはさんで、午後は今回の通訳も務めてくださった上海図書館読者サービスセンターの鮑延明氏による上海図書館のネットレファレンスを中心とした報告からスタートした。今回、複数の報告者が用いた「延伸サービス」について、「大型図書館による来館者へのサービスだけでなく、サービスの触手を行政区域内の小さなコミュニティまで伸ばすこと」と説明された。6番目は国立民族学博物館の近藤友子氏が、公共図書館による盲学生図書館SL(スチューデント・ライブラリー)への門戸開放時の聞き取り調査結果を踏まえた視覚障害者サービスについて報告した。7番目には楊浦区児童図書館長の潘立敏氏が、上海地区における児童図書館の延伸サービスに関する研究と実践を報告した。中国では社会の急速な発展に伴って児童図書館における従来のサービス方式では子どもたちの精神的または文化的な必要を満たせなくなってきており、新しいサービスの創出が最重要視されているとのことである。最後は枚方市立中央図書館の松井一郎氏の報告で締めくくった。枚方市立図書館は中央館依存ではなく、地域のすみずみに多くの分館・分室を設けBMを巡回させることによって全域サービスを実現してきた図書館である。高齢者施設や病院への巡回を「平面ではなく立体としての全域サービス」とし、従来のBMの役割が引き続き重要であることとともにそれらの意義を述べた。

 初日終了後の交流会は塩見昇日本図書館協会理事長の乾杯の音頭によってスタートし、報告者を含めた37名が和やかに歓談した。


 2日目は「全域サービス網構築にあたっての今日的課題と展望」をテーマとして前日の報告者によるシンポジウムを行った。はじまりにあたって、コーディネーターである大阪府立中央図書館の前田章夫氏が日本における全域サービスをふり返った。延伸サービスの概念についても、「アウトリーチおよびエクステンションサービスと全域サービスを併せたものではないか」と整理した。

 まず、報告者相互の質疑応答が盛んに行われた。例えば、上海図書館副館長の陳氏は深セン(土+川)の図書館ATMを事例に図書館サービスと経済発展の関係性を述べた。楊浦区立図書館長の王氏は延伸サービスが地域住民によって必要とされている背景には、終身学習ニーズや一人っ子政策で高齢者のみの世帯が増えたことなどがあると説明した。

 参加者が中国における図書館の役割をたずねた質問には、陳氏が上海図書館のような大きな図書館のスローガンであるかもしれないと断りながらも、「文化の蓄積」と「文化の提供」であると述べた。上海市図書館学会理事副秘書長の金氏は「中国には国家レベルでの図書館法はまだ制定されていないが、図書館法案を提出して人民代表大会の審議を待っているところである」と補足した。この他、滋賀県立図書館の國松氏への資料保存制度や人材育成についての質問など、日中双方から活発に情報交換がなされ、セミナー終了時間をもって断ち切るのが惜しいほどであった。

 参加者からは、「全域サービスという目的に対し、日中のアプローチが異なることがたいへん興味深く、またそのアプローチの差異に学ぶところがあるのではないかと感じた」や、「中国から図書館を代表する方達が参加されていたので、中国の図書館政策やサービス、運営などをよく知ることができ、とても良かった」などの感想をいただいた。

 セミナー終了後、中国からのゲストを大阪市立中央図書館に案内した。吉原康文館長からの概要説明の後、小西和男企画・情報担当課長のご案内によって館内をくまなく詳細に見学させていただいた。平日午後であるにも関わらずたくさんの来館者でにぎわっている様子、24の区図書館との機能的な連携体制、江戸時代の大阪観光案内が保管されている貴重書庫など、見学させていただいた随所で6名のゲストの歓声が上がった。

3.さいごに

 最後に、平日2日間の開催にも関わらず会場に足を運び中国からのゲストと交流してくださった50名の参加者のみなさま、日中双方の報告者の方々、交通至便な会場を提供していただいた大阪市立大学、通訳を務めてくださった上海図書館の鮑延明氏と京都大学大学院教育学研究科の李霞氏に心からお礼申し上げます。

 上海万博の年、2010年には上海図書館で第7回国際図書館学セミナーが開催される予定です。活気に満ち溢れた上海でのセミナーにたくさんの方々が参加されることを願っています。

(文責:木下みゆき 理事・大阪府立女性総合センター)