TOP > 『図書館界』 > 58巻 > 2号 > 座標 / Update: 2006.7.24

《座標》
『図書館界』58巻2号 (July 2006)

国際交流担当者の一視点より

渡辺 信一

 昨年の10月,中国・上海より4名のゲストスピーカを迎えて,京都で第4回国際図書館学セミナーが開催された。同セミナーは6年前に,上海図書館長・呉建中氏と当時の当研究会事務局長・川崎良孝氏の尽力により,上海市図書館学会と当研究会の間で覚書が交わされ,2001年に上海で第1回が開催されて以来,翌年は大阪/京都で,というように交互に開催されており,上海との友好親善の深いきずなが結ばれている。本年8月には,第3回上海国際図書館フォーラム(SILF)の開催が予定されている。

 一方,最も近い国,お隣りの韓国では,8月20日〜24日までIFLAソウル大会が予定されており,日本からひとりでも多くの参加が望まれている。JLA国際交流事業委員長からの連絡によると,中国側参加者のうち,90名以上の図書館人がソウルに向かう道すがら,大阪や京都の図書館見学を予定されている。会員諸氏にも草の根外交にご協力いただければ幸いである。

 今年に入って神戸のあるキリスト教会の自主上映の映画会で,「南京1937:Don't Cry Nanking」を鑑賞した。1995年香港=中国の合作映画で,時代は1937年,日中は全面的な戦争に突入する。やがて,日本軍の攻撃は次第に激しさを増し,家を失った多くの中国の人たちが上海から南京に戦火を逃れてやってくるが,日本軍は南京占領後,残虐行為に及び,中国側によれば30万人にのぼる中国人(日本側の調査では,十数万人ないし約20万人)を虐殺したといわれる。

 物語は,日中戦争で翻弄された家族,中国人医師と日本人妻,そして子どもたちの運命を描いている。映画全編を通して戦争の持つ悲惨さ,残虐さに目を覆わざるを得ない。唯一の救いは,生死のなかをさ迷いながらも一家に授かった可愛い赤ん坊を“南京ちゃん”と命名し,かけがえのない幼い生命をいとおしむ場面である。

 数年前,小泉首相が特攻隊基地跡に戦後建てられた記念館で,これから死地に赴く若き隊員たちの遺書や遺影の前で,大粒の涙を流している場面をテレビで見た。特攻隊員の状況を多少とも実感している世代のわれわれは,先輩たちが戦場に駆り出されて逝く姿を瞼にはっきりと刻み込んでいる。

 私が大学に入学したとき,図書館から戦没学生の手記を借りて読み耽り,日本のみならず,ドイツの学生たちの無念さを痛感した。若い尊い命を国のためにと称して死地に追いやったのは,ほかならぬ当時の戦争指導者たちなのである。その認識が小泉首相には決定的に欠落している。聖戦という美名のもとにアジアの諸国を軍靴で踏みにじり,隣国の人々に多大の迷惑をかけたことを決して忘れてはならない。

 先日,ある大学で著名な国際政治学者の講演を聴いた。テーマは広く国際社会における日本の役割を説くものであったが,そのなかで講演者は次のようなことを言った:被害を及ぼした加害国の側は,被害を受けた相手国のことをいとも簡単に忘れてしまうが,被害を受けた国の人たちは受けた苦しみを絶対に忘れられるものではない。それが証拠に,日本に住むわれわれは“ノーモア・ヒロシマ!”を永遠に叫び続ける。が,対するアメリカ人は“リメンバー・パールハーバー”とは言っても“ノーモア・ヒロシマ”を叫ぶ者はまずはいない,と。

 今から7年前にNHKの「クローズアップ現代」が,『絵本・ちびくろサンボ』絶版の是非をめぐって取り上げた。その番組に登場した柏倉康夫京大教授が,「イギリスでは1978年に,自分たちの文化をすぐれたものとして,他の民族や被支配層の人たちを差別したり,おとしめたりしないよう,ガイドラインを設定した。」という紹介をした。これは国を愛するという美名のもとに,愛国心の高揚をはかり,他国を蔑視ないしは敵視する一連の動きとは全く異質のものであり,まさに平和のもとに国際交流,友好と親善の大事な基盤となるものである。

 この夏,IFLAソウル大会やSILFを一つの契機として,韓国や中国,さらには世界中の図書館人によるすばらしい国際交流・友好の輪が広がって行くことを心から願う。

(わたなべ しんいち 国際交流担当理事)