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《座標》
『図書館界』59巻5号 (Jan., 2008)

「すべての住民へのサービス」の実現

前田 章夫

 1960年代の末に,東京の視覚障害をもつ学生たちが始めた公共図書館への門戸開放運動から40年,多くの図書館が身体障害者にとどまらず,さまざまな“図書館利用に障害のある人々”にサービスを提供している。「すべての住民へのサービス」の実現に向かって努力してきた結果といえるかもしれない。

 ところで,この「すべての住民」という言葉の中には障害者や在住外国人など,さまざまな人が含まれることは理解されていても,現実のサービスの中での対応はかなり遅れているのではないだろうか。「すべての住民へのサービス」というスローガンが,はるか先の非現実的な目標のように思われているのではないかと感じることがある。もしそうだとすると,それは今いる「住民」へのサービスを放棄した,公共図書館にとって自殺行為とも言えるものではないだろうか。きつい言葉かもしれないが,公共図書館が不作為による人権侵害を犯していると受け取られても仕方ない対応といえるのではないだろうか。

 近年,学習障害(LD)やディスレクシア(Dyslexia:難読症とか読字障害と訳されている),高次脳機能障害(交通事故や脳血管疾患により,脳に損傷を受けた人の二次障害として表れる。日本では研究途上として障害者とは認定されていない)など,従来見えていなかった障害者が次々と明らかになっている。また既知の障害であっても,知的障害や精神障害,さらには認知症のように図書館サービスとしてほとんど取り組みのなされていないものも少なくない。

 例えば,発達障害のひとつであるディスレクシアの場合,1960年代から研究が行われてきた欧米諸国では,該当者が人口の10〜20%に達するとも言われている。しかし日本では,90年代に入りようやく本格的な研究が始まったばかりで,表意文字と表音文字を併用する日本語の特殊性もあり,表音文字中心の欧米諸国とは障害の現れ方等にも差異があると言われているが,その全容は分かっていない。因みにアメリカでは,視覚障害者向けの専門図書の録音資料製作機関だったRFB(Recording for the Blind)が,ディスレクシア等への対応を進める中で,名称もRFB&Dyslexiaと変更し,最近では製作した録音資料の利用の70%がディスレクシアなど視覚障害以外の人だと言われている。IFLA(国際図書館連盟)でも,2001年に「ディスレクシアのための図書館サービスのガイドライン」を発表し,各国の図書館での取り組みを求めている(注1)。

 さらにIFLAでは,2007年10月に「認知症患者(dementia)のための図書館サービスガイドライン」を公表している(注2)。日本の図書館ではほとんど取り組まれていないサービスであるが,このガイドラインに示されたサービス方法は,これまでの障害者サービスで培われてきたノウハウを基本的に活用しつつ,古い写真や音楽,映像などより幅広い資料と,より個別の対応が求められるサービスであることが分かる。高齢社会の進行とともに,アルツハイマーなどの認知症患者は急速に増加すると言われており,図書館としても無視できない取り組みであろう。

 ところで日本政府は,2007年9月28日に国連本部において「障害者の権利に関する条約」に調印した。あとは国内の関係法規・制度の見直しを行った上で,国会での批准を待つことになる。この条約は,さまざまな障害をもつ人が健常者と同じ社会生活を送ることが出来るように,バリアとなっているあらゆる法律・制度を修正することを国として約束するものである。著作権法など法律面の整備も多岐にわたり,批准には数年かかるのではないかと言われているが,図書館にとっても大きな変革を求められる,というよりはそれに向かって努力しなければならない義務と考えなければならないのではないだろうか。

 「すべての住民へのサービス」のためにも,逃げてはならない図書館の課題である。