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《座標》
『図書館界』66巻3号 (September 2014)

「図書館を利用する」ということ

松井 一郎

 かつて「図書館を利用する」と言えば,それは「図書館に出かける」ことを意味した。つまり,行事への参加だけでなく,蔵書の検索やレファレンス,利用登録など,図書館サービスの利用は,ほとんど全て「来館」を伴っていた。

 その後に続く日常的な利用,即ち貸出や予約についても,点字図書館からの郵送貸出などが一部で行われてきたとは言え,また,電話によるレファレンスサービスを徹底的に取り組むといった実績を残す市立図書館もあったが,基本的には利用者が自ら足を運ぶ「来館」が前提のサービスであった。

 

 そこが,インターネットの普及を契機として,現代の図書館では大きく変わった。もはや目録カードを繰るといったことは非常に希な手段となった。特定の図書館に限定することなく,また図書館が所蔵しているかどうかに限らず,手もとのスマホや自宅のパソコンがかつての目録ケースとなり,しかもほぼ思いのままに多様な検索が出来る。そして身近な図書館で予約が出来,本の受取すら自宅で可能という図書館も現れた。「非来館型サービス」といった言葉も使われるようになって久しい。

 これらのことは,開館時間や休館日,距離等の制約から「図書館を利用したくても利用出来ない」という市民の声に応えた結果であり,利用者層を拡大し,より多様な利用者ニーズに対応することを可能にした。図書館にとって,長年の懸案を一つずつ乗り越えたと言えるのかも知れない。

 

 しかしこれだけでは,図書館以外の世の中全般における変化とあまり変わらないようにも思われる。要は「自宅に居ながら何でも手に入る社会の推進」に,図書館事業が新規参入した,という言い方も別の側面として可能なのである。

 在宅ワークや株取引などの普及に伴い,インターネットを通じて生活資金を得ることがごく一般的に行われるようになった。ネット通販といった買い物やオークションは以前から広く定着し,宅配便で配達してもらえる。コンビニですら宅配がある。つまり家から一歩も出ることなく,対面で人と関わらなくとも,せいぜい宅配便のドライバーから商品を受け取る程度の会話だけで,後はスマホの操作のみで生きていくことも可能となったのである。

 

 市民の中には寝たきりの人もおられるし,様々にハンディを抱えるケースもあるわけで一概には言えないのだが,こういう状況はしかし,自治体として必ずしも良いことばかりではないと思う。

 例えば大地震が起こって避難所生活となったとき,果たして他人同士が助け合って耐えるといったことがスムーズに出来るのだろうか。逆の言い方をすると,日頃から互いに顔を合わせて生活する環境が地域にあれば,危機を地域社会全体で乗り越えることが可能であろう。図書館など地域の公共機関を日常的に利用していれば顔見知りも自然に増え,いざという時の備えにも通じるものなのである。

 いや,こういった付き合いは決して自然に生まれるのではない。そこには職員の働きという要素が少なからず存在する。放っておけば疎遠になりがちな現代の地域社会にあって,本を媒介にして人と人とを結ぶ。利用者だけではない,図書館ボランティアや音訳協力者など,図書館と多様に関わる人同士の出会いを創出する。市民の付き合いが豊かで仲良くなることは自治体の願いでもあるが,中でも公民館や図書館といった公共施設では特に意識しておかなければならないことであり,本があることで図書館職員には比較的取り組みやすいことなのである。

 

 そういう意味で,図書館職員は引き続き「来館者を増やす」ということにも熱心であって欲しい。電子書籍の台頭といった背景もある。「住民」を家から誘い出して「市民」にすることが今や如何に重要でやり甲斐のあることか。市民と多様に関わって図書館づくりにも活かされた元富士市立図書館・山本宣親氏の『図書館づくり奮戦記−本と人・人と人が出会う場所をめざして−』(日外アソシエーツ1996年)を,今あらためて紹介しておきたい。

(まつい いちろう 理事・枚方市役所)