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《座標》
『図書館界』68巻1号 (May 2016)

いわゆる「複本問題」について

常世田 良

 昨年はいわゆる「複本問題」に関して出版関係者が繰り返し図書館を批判し,マスコミも昨年から今年にかけて報道を繰り返した。図書館批判のキャンペーンは有名な作家を前面に立て,商業誌を用いて展開され,市民やマスコミに一定程度の影響を与えたと思われる。

 2000年に「図書館が本を貸すから本が売れない」したがって「図書館は複本を減らし,貸出を猶予すべきだ」という図書館批判が一部の作家から起こり,その後様々な著作権者,出版流通関係者を巻き込み,シンポが繰り返され,新聞テレビで報道されて国の審議会での討議を要する問題へと発展した。その後2003年に日本図書館協会と日本書籍出版協会が協同で調査を実施した結果,一般的な市町村立図書館の複本の冊数は2〜3冊であることが判明し,図書館批判は沈静化した。その後も同様の批判は散発的にはあったが,昨年のごとく大規模に行われることはなかった。今回の批判キャンペーンは長期にわたる書籍の売上減少に対する出版流通業界の苛立ちを背景に再燃したものであろう。

 問題は出版関係者が提示する数字にある。もっとも書籍が売れた1980年半ばから1990年半ばの販売部数や販売額を基準として,その後の売上減少と図書館の貸出点数増加を比較し,あたかも貸出の増加が書籍の売上の減少を招いているかのような印象を与えるキャンペーンを繰り返している。

 実際は1980年後半から1990年初頭のバブル期を頂点としてその前後で書籍販売はシンメトリーに減少している。たとえば現在の書籍売上と1985年頃の書籍売上は同程度である。一方その当時の図書館の貸出点数は現在の約8分の1に過ぎない。この一点をとっても図書館での貸出が売上阻害の主要な原因とはいい難い。

 それではなぜ書籍の売上は減少しているのであろうか。複合的な理由が考えられるが,主要な原因のひとつは国民の購買力の低下である。我が国の家計における購買力はほぼ全ての商品に対してバブル期以降大幅に減少している。1996年対2012年比で,書籍は23.1%減であるが,スポーツ用品は31.4%減,楽器は51.9%減,カルチャーセンター月謝は49.0%減である。バブル崩壊後一部の出版業界関係者が売上減少のスケープゴートを探し続けている間,一般的な業界では消費者ニーズの徹底的な分析などを行い企業努力で切り抜けたのである。

 図書館批判の中心となっている大手版元の収益モデルは新刊の売上に依存している。したがって批判の内容も,図書館における新刊の貸出に対するものとなっている。著者は2003年当時,浦安市立図書館における全貸出に対する新刊の貸出率が約8%に過ぎないことから図書館の貸出が新刊の売上を阻害していないことを商業誌に掲載した。

 今回堺市と塩尻市の図書館における新刊の貸出率を調査した結果,それぞれ約5%,約9%という数字を得た。市民一人当たりの貸出点数で,堺市立図書館は政令指定都市ではトップであり,塩尻立図書館は長野県内でトップの実績を上げている図書館である。図書館における貸出点数がそのまま新刊の売上を阻害しているとはとても考えられない数字である。

 図書館から資料を借出す市民(延べ数ではなく絶対数)は,全市民の何%程度であろうか。浦安市で27%,堺市で11.2%,塩尻市で17.1%である。一般的な自治体ではおそらく10%前後ではなかろうか。この数字から書籍の売上減少問題の本質が見えてくる。つまり問題は,図書館と図書館から書籍を借りる10%の市民にあるのではなく,図書館から書籍を借りない残りの90%の市民が書籍を購入しなくなったことにあるのである。

 図書館大会における大手版元の経営者の「貸出猶予」発言がネット上で問題視され「炎上」騒ぎとなった。書籍の最終的享受者である読者(国民)を疎外した,図書館と出版流通関係者という構図に対する批判とも受取れる出来事であった。図書館業界の構成員も仲間内の議論から脱して,広く国民への説明責任を果たさなければならない。それが図書館を守ることにもなるのではなかろうか。

(とこよだ りょう 立命館大学)