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《座標》
『図書館界』70巻4号 (November 2018)

「民間委託」雑感

常世田 良

  1990年代に図書館の運営を第三セクターへ委託することが可能となった際には,各地で市民も図
 書館関係者も反対の意思を明確に示し,反対運動も盛んであった。昨今民間委託に関して議論されてい
 る問題点や委託を防ぐための方策については,当時既に運動の成果として概ね明らかになっていた。残
 念なことはそれらの成果がその後生かされていないことである。当時強く確認された教訓のひとつに平
 素から当該自治体の首長部局内部や与党議員のなかに図書館理解者をつくる,ということがあった。現
 在の我が国の行政文化のもとでは,行政としての方針が示されてから反対運動が起きても覆すことは困
 難である。したがって首長部局内部において委託の検討が行われている段階で阻止する必要がある。そ
 の際に首長部局や議会に図書館の理解者がいれば,少なくとも図書館関係者への情報提供くらいはある
 ものである。首長部局内部において図書館を民間委託する方針が決定されたにもかかわらず図書館現場
 が関知できず,「市民からの情報提供で初めて知りました。」などという体たらくでは委託を防ぐ希望
 はほとんどない。
 
  一見市民の運動によって民間委託が阻止されたように見える場合でも実は水面下の政治的力学で首長
 の方針が変更されている場合が少なくない。図書館現場の職員が多忙であることは理解できるが首長部
 局内部での検討事項に関して箝口令が敷かれることが珍しくない状況では,行政支援サービスなどを通
 じて平素から積極的に首長部局や議会の内部に図書館理解者を増やす必要が以前より高まっている。
 
  一般的に民間委託の理由として「人件費削減」が挙げられることが少なくない。しかし当該図書館に
 勤務していた正職員が解雇されることはなく,人件費削減にはならないばかりか委託料の分,コストは
 増加する。それに対し委託推進派はその分の職員が定年退職した後補充しないので結果的に人件費削減
 になると応酬し押し切られることが多い。ところが現在ほとんどの自治体では職員定数に関する条例が
 制定されたことにより限られた職員数で勤務に当たっている状況があり,定数を割込む余裕などないこ
 とが少なくない。むしろ市長部局の職員数を増強するため出先から職員を引き戻すために民間委託する
 ことも少なくないと思われる。気をつけなければならないのは,この例のごとく「コスト削減」という
 理由の陰に真の理由が存在している可能性があることである。首長選挙の際にコスト削減を理由に民間
 委託を公約として挙げる候補者が少なくないが実は「指定管理制度」や「PFI」などという言葉が市民,
 有権者に対して公務員バッシングや新しい都市経営のイメージを感じさせるため利用されることなども
 同様である。この場合コスト削減を争点としても推進派の真の目的は別にあるので議論は深まらず,反
 対派はむしろ市民から孤立しかねない。
 
  行政の世界には「出入り業者」という蔑称とも受取られかねない言葉がある。行政が「お上」といわ
 れていた時代の名残であろう。「お上」が直接手を下すまでもない仕事を「業者」へ下請けに下ろすと
 いうことであろう。あまり指摘されることはないが,この言葉に表現されている行政文化にこそ民間委
 託の最も本質的な問題が潜んでいる。現在でも「業者」へ任せるということは,行政が自ら行うべき業
 務ではなく一段劣った仕事だと多くの行政職員が感じている事は当事者であれば否定できないであろう。
 ただでさえ左遷職場と揶揄される図書館が「業者」へ委託されれば益々行政内部でのヒエラルキーは低
 下する。さらに本質的な問題は単にヒエラルキーが低下するだけでなく,行政職員自らが手を下すべき
 仕事ではないと感じることにより,多くの職員の意識から図書館の存在が払拭されてしまうことにある。
 行政の責任が民間委託により形骸化することは従来も指摘されているが,多くの職員が図書館という行
 政分野に関する興味自体を失うことは深刻な問題である。たとえば図書館以外の例ではあるが,ある自
 治体の市史編纂の作業において,指定管理されていた施設に関する資料が行政内部にほとんど存在して
 いないことが判明し編纂作業が困難を極めたことがある。これなどは氷山の一角に過ぎない。

(とこよだ りょう 理事・立命館大学)