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《座標》
『図書館界』71巻3号 (September 2019)

映画『ニューヨーク公共図書館』という現象

嶋田 学


 フレデリック・ワイズマンの映画『ニューヨーク公共図書館−エクス・リブリス』がヒットしている。
当初上映が決まっていた劇場が連日,毎回満席という状況が影響したのか,上映館がなかった県でも上
映するスクリーンが徐々に増えてきた。さらには,既に上映館がある都道府県で,別のまちの映画館が
上映を始めるところも出てきている。
 
 映画のプロモーションは様々な工夫があるが,本作品は図書館を会場に,図書館関係者によるトーク
イベントが各地で取り組まれた。その皮切りは,封切り前の4月9日(火),日比谷図書文化館コンベ
ンションホールで開催された『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』公開記念パネルディスカ
ッション「ニューヨーク公共図書館と〈図書館の未来〉」であった。ダイジェスト版を上映して映画の
エッセンスを来場者と共有した後,ニューヨーク公共図書館が目指すものやその背景,意思決定プロセ
スや資金調達の取り組みなど,具体的な局面が話題となった。また,これらを踏まえて,日本の図書館
がこれからどのような方向に進むべきかといった意見交換もなされた。
 
 パネリストとして登壇したニューヨーク公共図書館渉外担当役員のキャリー・ウェルチ氏は,「公共
=パブリック」というのは我々ニューヨークに暮らす人間全員のことであり,資料のデジタル化も「情
報,知識,機会を,全員に平等に対等に」の一環にすぎないと語った上で,デジタル時代の孤立という
問題に際して,「物理的な場としての図書館は重要性を増している」と語ったことが印象的であった。
 
 また,同じくパネリストの菅谷明子氏は,揺るぎないミッションを軸にしつつも,時代やニーズの変
化に応じてしなやかにサービスが企画されることが大切で,特に近年は,社会の格差が拡大していると
言われているだけに,日本でも図書館サービスから恩恵を受ける人々は,多々いるはずだと語ったこと
が心に響いた。
 
 こうしたトークイベントが,大阪,名古屋,京都などで開催された。配給会社の話によると,大阪で
のトークイベントの直後から,上映予定劇場への問い合わせが相次いだそうで,このイベントが鑑賞動
機に影響したことは間違いないものと思われる。
 
 さて,映画『ニューヨーク公共図書館−エクス・リブリス』はなぜ人々に支持されているのだろうか。
ワイズマンの手法は,ナレーション,インタビュー,音楽を一切に使わないいわゆる「観察映画」で,
上映時間も3時間半と劇場への敷居は低くはない。
 
 しかし,この映画は「図書館」という存在への素朴で強固な好奇心を引き出すのに成功している。そ
の内実とは何なのだろう。「え,これが図書館?」,「図書館を超えた図書館」などのフレーズが,映
画の評判としてメディアを飾った。プロモーションは,人々の図書館への既成概念にうまく働きかけて,
未知の領域を垣間見たいという欲求を引き出すことに成功したのかもしれない。一方で,図書館を身近
なものとして感じている少なくない人々の親近感を刺激して,観賞へと誘ったのではないかとも思う。
 
 既に図書館の利用者としての日常を送っている人たちが,可処分時間が増えた今,自分の生き方を考
える上で,図書館という存在の可能性を確かめたいと思い,劇場に足を運んだのではないだろうか。
 
 自分にとって図書館は,どんな良いことをもたらしてくれるだろうかという率直な気持ちと,自分は
図書館を通して,どのような善きことに貢献できるだろうか,という思いを持って,スクリーンに向か
った人もいるかもしれない。
 
 様々な動機によって,また,それぞれの思いの中で,この映画は人々に支持されている。それは,図
書館というブランドの力とも言えるだろう。図書館という社会的装置を,自身の人生の地平においてみ
て,それが豊かな思考や情念をもたらすものであってほしい。そうした願いが,人々を映画館に向かわ
せているのかもしれない。
 
 さて,図書館にかかわる立場にある我々は,こうした人々の思いを,どう受け止めればいいだろうか。
 
 私も,一人の図書館関係者として,そのことをじっくりと考えてみたい。

(しまだ まなぶ 理事・奈良大学)