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《座標》
『図書館界』72巻5号 (January 2021)

図書館とコロナ禍

常世田 良

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う緊急事態宣言発令時には,多くの公共図書館が臨時休館を余儀なく
され,利用者と接する図書館サービスの提供が大幅に制限された。緊急事態宣言が解除され,ほとんどの図書館が
開館している現在でもその影響は継続している。

 日常と異なる事象が発生すると,平時には隠れていた本質や課題が露呈される,といわれる。公共図書館において
もコロナ禍によって本質的なことが明らかになっているのではなかろうか。

 コロナ禍における我が国の図書館現場の対応については,いずれ広範な検証が行われると思われるが,欧米の公共
図書館の状況はどうであろうか。6月に司書課程の授業において学生と行なった米国中小都市の公共図書館調査によ
って以下のようなことが明らかになった。

 日本同様閉館処置は一定程度実施されていたが,大量の電子書籍サービスによる資料提供,メール,チャットによ
るe-レファレンスサービス,SDIサービス,ネットによるコピー送付サービス,図書館のサーバーを経由して有料デー
タベースを無料で館外から利用するサービス,SNS(Facebook,Twitter,Instagram,YouTubeなど)の内容を頻繁に
更新してイベント配信や多様で即時的な情報発信を行なうことなどにより,対象となった図書館では平時と同レベル
とはいえないまでも,かなりのサービス水準を維持していたこと。多くの図書館においてはネットでのお話会を実施
しており,具体的な手法は不明だがネット配信での映画会も散見された。

 コロナ関係のリンクについても分かりにくい行政関係のサイトと行政手続きを解説しているサイトを組合せる,あ
るいは図書館自身がコロナ関連の分かりやすいパスファインダーを作成していた。中小企業をサポートする「課題解
決型サービス」の例も少なくない。平時に館内で「こども食堂」を実施している図書館において閉館しても入口でパ
ックした食事を提供している例があった。

 多くの場合これらのサービスやサイト内のコンテンツは,年齢やバックボーンの異なる利用者が容易に検索できる
ようカテゴライズされていて,英語でありながら非常に探しやすい。学生から自身の出身地の図書館サイトより分か
りやすいという声が上がるほどである。

 さらにホームページのデザインが秀逸で,かつ利用サイドに立った工夫,たとえば日本語も含めた多言語対応が凝
らされていることも注目された。

 これらのサービスの多くは,コロナ対応で俄かに開始されたものではない,2000年に米国図書館の調査を行な
った際に,既に電子書籍サービスは一般的であって,有名アプリ解説本の新刊などがネット経由で大量に利用者へ提
供されていて驚かされた。有料商用データベースの館外からのアクセスによる利用も同時期から行なわれている。メ
ール等によるレファレンスは戦前から普及していた電話レファレンスの延長線上にあるサービスであり,館内に専門
のセクションが置かれ,以前から広く実施されている。

 重要なことは多様な非来館型サービスが大都市の大規模図書館だけでなく,地方の小規模図書館においても広く行
なわれている点である。今回の調査では学生各々の出身地と同規模人口の自治体を調査対象としたことから,日本人
に馴染みのない地方の小都市が多数対象となっている。

 我が国でも大阪の堺市立図書館のように,電子書籍利用に関しては閉館中もネットによる新規登録を可能として非
来館型サービスに取組んだ例はあるが,国内の図書館のサイトを渉猟する限りでは,米国のような広範な非来館型サ
ービスへの取組はほとんど皆無であったといわなければならない。そればかりか「閉館のおしらせ」のみが掲示され
ている例が少なくなかった。我が国の図書館におけるデジタル系のサービスの遅れは以前から指摘されつづけてきた
が,残念ながら今回のコロナ禍には間に合わなかったという感はぬぐえない。出版界の事情や著作権の相違など米国
と同一に論じることは困難な部分もあるが,図書館のデジタル化については米国ばかりでなく韓国などアジア諸国に
も後れをとりつつある。非常時ばかりでなくむしろ平時の利用者への情報提供の面から我が国の公共図書館のデジタ
ル化は喫緊の課題である。「障害者が使いやすい施設は,健常者にも使いやすい」ということは常識となっているが,
同様にコロナ禍でも利用者のニーズに対応できる図書館は平時でも役に立つということである。

(とこよだ りょう 理事・立命館大学)