《座標》『図書館界』51巻1号 (May 1999)


貸出しと電子図書館

山本 昭和

日本の公立図書館は、この30年余りのあいだ、貸出しを伸ばそうという運動を続けてきた。それは、ほとんどの市民にとって、図書館を使うときの最も便利な方法が貸出しだからである。また市民の資料要求に図書館がこたえた結果の大部分が、貸出しという具体的な形となって表れるからである。
貸出しを伸ばそうという運動の中には、貸出手続きの簡便化、市民の資料要求にそった蔵書構成、求められた資料を必ず提供するための予約制度、市民の気持ちを理解している職員などが、その構成要素としてある。そしてそれぞれの要素が、今だに十分実現されていない。

それぞれの要素に対しては、さまざまな批判が加えられてきた。とりわけ批判を受けやすかったのは、市民の資料要求にそった蔵書構成であった。古い時代の図書館では考えられなかったような本までもが、市民からの要求があるという理由で、収集の対象となっていったからである。
どの要素への批判にもみられることだが、その要素を批判することで貸出しを伸ばそうという運動全体を批判しようとする傾向がある。蔵書構成について言えば、書架に並んでいる本や市民が借り出している本に難癖をつけることで、貸出しを伸ばそうという運動そのものを批判するという傾向である。
貸出しを重視することに批判的な人たちの多くは、貸出しとは違った別のサービスを充実したいと願っている。そのために、図書館の持っている力が貸出しに削がれてしまうことを憂慮するのである。ここでいう別のサービスとは、これまでは、レファレンスサービスや調べる機能といったものであった。最近ではそれに加えて、電子図書館機能が登場するようになっている。

レファレンスサービス機能や調べる機能は、必要な資料を利用者が借り出すという形で完結することが多いので、貸出しを充実させることなしにその発展はありえなかった。しかし電子図書館機能は必ずしもそうではない。電子図書館機能とは何かという問題はあるが、その利用にあたっては貸出しという手順を踏まないのが普通だからである。このために、単純に考える人にとっては、電子図書館機能と貸出しとは対置されやすい。
電子図書館機能を充実させたいとする立場からの、貸出しを伸ばそうという運動に対する批判は現実にある。その場合も、市民の資料要求にそった蔵書構成が標的となりやすい。最近の実例でいえば、『失楽園』の複本をたくさん購入していることを取り上げて、貸出しを伸ばそうとする運動を批判し、貸出しばかりではなく電子図書館機能を充実させるべきだと主張する論がみられた。

複本を大量に購入することへの批判は、これまでにも何度もあった。たとえば、「卑俗な資料」の複本を大量に購入することによって調べる機能がおろそかになるといった批判である。しかし、人気の高い本にたくさんの複本を購入することは、利用者を長く待たさないためにも、蔵書全体を魅力的にするためにも、欠かせないことがらである。
市民がよく利用する図書館であればあるほど、予約する人は増えてくる。人気のある本なら、図書館に最初の本が到着するまでに10件や20件の予約が付くこともまれではない。もしこれを1セットしか購入しなければ、20番目の人が本を受け取るのは出版後1年以上も経ってからということになってしまう。
開架蔵書を魅力的にするためにも複本は必要である。人気のある新刊書がいつも貸出中で書架に並ぶことがないなら、来館した人にとってそれは魅力的な蔵書構成とはいえないであろう。新鮮で魅力的な本はいつも貸出中だし、たとえ予約しても何か月も待たされる。蔵書をそのような状態にしておいて、電子図書館機能を充実させたとしても、それにどんな意味があるというのだろうか。

現在の公立図書館では、調べる機能や電子図書館機能は、たしかに十分なものではない。しかし、それらは貸出しが重視されているせいで不十分なのではない。現在の公立図書館では、貸出しさえも不十分なのである。公立図書館における調べる機能や電子図書館機能は、貸出しの対抗物としてとらえるのではなく、貸出しの土台の上に発展させていくべきものである。       

(やまもと あきかず 神戸市立新長田図書館)