《座標》『図書館界』52巻4号 (November 2000)


フィルターソフトの是非をめぐる住民投票

川崎 良孝

 1998年当時のアメリカ公立図書館とフィルターソフトの関係は,以下の3点に要約できる。

  • (1)1997年から1998年にかけて,アメリカ図書館協会は決議,声明,指針などを採択したが,基本方針は明確である。現状ではフィルターソフトは憲法の保護下にある言論をブロックするので,公立図書館での導入は認められない。また子ども用のインターネット端末についてもフィルターソフトの導入を否定し,利用の責任を親に帰すという従来の原則を確認するとともに,子ども用のすぐれたホームページの作成,親と子どもへの教育などを主張した。
  • (2)1998年の全国調査では,75パーセントの公立図書館が利用者用インターネット端末を提供している。一方,同年11月24日の『ニューヨーク・タイムズ』によると,約15パーセントの公立図書館が何らかの形でフィルターソフトを導入していた。
  • (3)1998年11月,ヴァージニア州の連邦地裁は公立図書館とフィルターソフトに関する最初の裁判事件を審理し,ラウドン(Loudoun)公立図書館でのフィルターソフト導入を違憲とした。同館はすべての利用者用インターネット端末にフィルターソフトを導入したが,この措置は憲法の保護下にある言論をもブロックするがゆえに,制限的パブリック・フォーラムの公立図書館にあっては,原告である成人の憲法上の権利を侵害しているとの判断であった。

 以上が1998年時点での重要点のまとめだが,この1998年下半期以降の特徴として,州図書館協会での決議,声明,方針の採択がある。この種の決議はヴァージニア州やカンザス州を筆頭に続々と採択され,それらはアメリカ図書館協会知的自由部のリンク集(http://www.ala.org/alaorg/oif/stateresolutions.html)を利用して全文にアクセスできる。
各州図書館協会の決議は,特に州議会での立法の動き(例えば州の補助金を得る条件としてフィルターソフト導入を強いる動き)に対応したものである。そこではフィルターソフトに原則として反対しつつ,その是非の決定は連邦や州ではなく,「地方(local)」に留まるべきと主張している。

 ところで「地方レベルでの決定」とは何を指すのだろうか。ここに1つの典型がある。
ミシガン州ホランド(Holland)といえば,風車とチューリップで有名な観光地である。この地で住民グループが必要な数の請願署名を集め,公立図書館へのフィルターソフト導入を求める住民投票に持ち込んだ。住民投票は2000年2月22日,すなわち同州での共和党の大統領予備選挙の投票と同時に実施された。結果は4,379対3,626票で,フィルターソフトの導入は否定されたのである。

 アメリカ図書館協会『アメリカン・ライブラリーズ』は4月号で結果を報じ(p.18-19),G.フラッグ(Flagg)が論説(p.35)を書いている。前者は,「健全にも住民は」提案をうち砕いたとなっている。フラッグは「投票結果はアメリカ図書館協会が主張する地方での決定を明確に裏書きしている」とした。ホランド市長は「投票結果は図書館運営者への信頼を確認した」と述べた。
また5月号の『ニュースレター・オン・インテレクチュアル・フリーダム』は,「成功物語」の欄にホランドの結果を掲載したのである(p.91)。

 たしかに「地方」での決定でフィルターソフト導入を否定し,「成功」したという事実に誤りはない。しかし「地方での決定」の典型がホランドでの住民投票といったことを意味するなら,一見すると民主的と思われる多数決の原理で,フィルターソフトの是非が決定される。投票の結果に関わらず,ホランドのような扱いが,はたして図書館の使命やサービスに益となるのかという疑問である。
フィルターソフトは修正第1条が規定する言論の自由に関わり,言論や表現の主題や内容にもとづく制限で,さらにそうした制限を実質的に他者(私企業など)に委ねる。こうした性格を持つフィルターソフト論争そのものを,あまりにも政治的に左右されかねない住民投票にかけること自体への問題提起が,司書職の業務や公立図書館の使命との関わりで提出されてよい。

 なお州図書館協会の決議には,「地方での決定」,「図書館理事会での決定」という言い回しがある。決議作成者はどのような考えで,あるいは考えないで,語句を選んだのであろうか。

(かわさき よしたか 京都大学)