《座標》『図書館界』53巻6号 (March 2002)


図書館学教育とインターネット:
主題検索の高まりのなかで

吉田 憲一

 ここ数年来,インターネットの普及には目覚しいものがある。総務省情報通信政策局は,昨年4月,20世紀末現在のインターネット利用者数は4,708万人(前年比74%の激増)と発表した。携帯電話の普及に伴う膨大な利用者数であり,本誌の読者層では,半数を大きく上回るものとなろう。
このネットワークの特徴の一つに,「草の根ネットワーク」と呼ばれ,利用者の誰もが情報発信の手段をもつことが挙げられる。情報の質が玉石混淆と言われる所以でもある。
しかし個人がマスコミや大企業に対抗しうるコミュニケーション手段を所有するなどということは,今までにない経験であろう。そこでは世界中のウェブサイトが日常的にネットサーフィンされ,検索エンジンを用いての事項(主題)検索が,社会的関心を集めるようになってきた。

 また出版界では,『週刊読書人』が,新世紀を飾る最初の号で「パソコンと新書」(新書にはパソコンがよく似合う!)を特集した。実際,90年代に入ってパソコンを使った情報整理術や組織化(今流行のナレッジ・マネジメントも類義の語だろう)に関する図書が新書や文庫で次々と刊行された。その中では,『超整理法』(中公新書)や最近では『捨てる!技術』(宝島社新書)がパソコン時代に乗じてミリオンセラーを達成し,NHKの「クローズアップ現代」にも登場した。今までになかったことである。パソコンやインターネットが時代のキーワードとなり、膨大化する情報の洪水を交通整理することに社会的関心が向けられてきたせいであろう。

 私の勤務する天理大学では,司書課程の新カリキュラムをスタートして4年,旧カリキュラムを受けた学生たちがちょうど一巡卒業したところである。
新カリキュラムがようやく落ち着いてきた今,授業運営に苦心と工夫が必要と感じられる科目に「情報検索演習」がある。1単位の演習科目だが,対応する適切な講義科目がなく,その分を含めた授業運営が必要となる。上記のように情報源としてのインターネットが注目され,関連記事が大学図書館や学校図書館関係雑誌等にも度々掲載される中で,本年度のこの科目の授業内容に,各種検索エンジンの比較と評価をレポートさせてみることとした。商用データベースの情報検索とどう違うかを考えてもらいたい想いからである。

 ところが調べていると,多くの検索エンジンでは情報検索の初歩的なブール演算が成立しない(論理積「A and B≠B and A」や論理和「A or B≠B or A」)。検索する主題の入力順を違えることで検索結果が異なってくる。
商業ベースの検索システムがこんな弱点をもっていたら,とてもお金を取ることなどできず,破綻してしまうだろう。勿論,もともと検索エンジンにはデータベース検索のような精度は期待されず,泡沫の情報の洪水から,幾ばくかの必要情報を得るための「お手軽検索」であって,きちんとした情報検索のツールと考える方がおかしいのかもしれないが。

 しかしこれが趣味や生活上の利用ならともかく,教育や研究等,結果に厳密さが求められる場での利用となると事態は異なる。教育・研究図書館等で学習支援のツールとして使用するにおいては,検索エンジンが単なるブラックボックス(アーキテクチャは企業秘密)で「何が出力されてくるかわからない」では済まされない。利用者に対して,検索結果の再現性や適合性についての説明責任が伴うだろう。情報の専門家としての司書,司書教諭の役割が,今後ますます大切になってくるのではないだろうか。

 本誌「シリーズ・21世紀の図書館を展望する」の冒頭を飾る論文で,川崎良孝氏は,今後わが国でも多くの図書館への導入が予想されるフィルター・ソフトのもつ本質(情報の検閲)を問うている。
勿論検索エンジンには,このような意図はもとより考えられないし,日進月歩の技術改良で,目下第3世代の検索エンジンへと進化の過程にある。しかしWWWの情報検索が,結果としてフィルタリング機能を果す検索エンジンに依存することもまた事実である。カード目録時代には,主題目録は利用者にあまり理解されることなく使われてきたが,同じことがインターネットの主題検索でも繰り返されかねない危惧をもつ。それへの社会的興味が高まる今,検索システムの理解に向けた,より積極的な利用指導が大切な時期ではないだろうか。

(よしだ けんいち 理事・天理大学)