《座標》『図書館界』54巻1号 (May 2002)


学術的視点,そして国際的視点を

渡辺 信一

 研究団体の性格は,時代によって,また構成メンバーによって若干,変動する。本会の場合,結成された頃から会則には「機関誌『図書館界』及び図書館学文献の発刊」であるとか,「図書館学の共同研究及び研究発表」などの文言が明示されている。

 事実,青年図書館員聯盟の流れを汲む先達をはじめ,本会員は,それなりの研究成果を収め,発表を行ってきた。筆者が入会した頃,先輩たち,とりわけ役職者たちから,わが国におけるライブラリアンシップを先導する気概をつぶさに感じ取ったことであった。また筆者が『界』編集の責任者であった頃は,論文のアカデミックな学術的視点をきびしく問われたが,これは当時の理事長の意向が強く反映していたように思う。

1970年代の初頭,日本図書館学会(現・日本図書館情報学会)との合併が取り沙汰されたことがある。提案理由は,“東京と関西に別個の図書館研究団体を持つのではなく,合同することによって,研究・機関誌・財政の面で強力になる”であった。
最終的には合併には至らなかった。それは,本会の研究活動は“現場に働く図書館員の日常的な実践を大切にし,現代の図書館が当面する課題へのとりくみを原点にすえる”という認識によるものであった。図書館/図書館学の世界が実務に関わる以上,現場主義に徹する立場からの声があってしかるべきであろう。このことは,時代の背景や要請によって影響を受けることがある。必ずしも図書館の世界ではなかったが,ある時代には,当時のインテリゲンチァたちが時の権力に抗すべく“書物を捨てて,大衆の中へ”という時代もあった。
ただ研究発表は,図書館現場との密接な結びつきは重視しつつも,単に事例紹介に終わってはならない。そこには実践研究としての理論づけや今後の方向性のほか,学会での手法がのぞまれる。その意味では本会が学術会議の登録団体に加盟していることは決して無意味ではない。

 1990年9月,本会は日本学術会議に学術研究団体としての加盟を申請し,承認を受けた。学術研究団体として承認されることは,その団体の研究活動や機関誌に掲載の論文が一定の水準を満たしているとの社会的評価ないしは認識が得られるものである。わが国では,日本図書館情報学会に次いで当該領域で,2つ目の登録団体となっている。
このたび,第19期の登録申請を行うよう,同会議会長から通知があった。今年,日本学術会議の登録団体としての厳正な審査が行われる。事務局や本会員の諸氏に何かとお手を煩わすことになるが,ぜひご協力願いたい。本会の機関誌『図書館界』の掲載論文の評価を高め,若手を育て,研究発表を意義あるものとするためにも。

 次に国際的視点であるが,本会の国際交流としての実績は決して少なくない。これも先達の賜物であるが,例えばS.R.ランガナータンのような世界的に偉大な図書館人を招いて講演会やセミナーを開催した。

この種のことは枚挙にいとまがないが,近くは上海市図書館学会との交流がある。なぜ上海かといえば,ひとつには現在,本会の事務局があり,地域的に最大多数の会員を擁する大阪は,上海と姉妹都市であること,また上海図書館には,本会創立五十周年記念講演で来日された副館長(当時)の呉建中氏,日本に留学でおなじみの鮑延明氏等がおり,日本には本研究会・塩見昇理事長や川崎良孝事務局長など,多くの諸氏が中国・上海とのきずなを深めている。

 昨年10月,第1回国際図書館学セミナーが上海で開催された。冒頭のあいさつで, 馬遠良上海図書館長(当時)は,このセミナーを通して両国の図書館界の学術研究及び 業務の開拓を評価し,図書館サービスのさらなる推進を,と強調された。日中両国は, これまで図書館界の相互理解は必ずしも十分とは言えないまでも図書館事情の理解を さらに深め,友好の増進を今回の国際セミナーが果たした役割は決して少なくない。

 国際交流という観点からは,グローバル的視点がのぞまれることは当然であるが,ま ず隣国との交流から固めていきたい。今年の10月に,上海からの研究発表者を招いて 大阪で開催される第2回国際図書館学セミナーが成功裏に終わるよう,ぜひ,本会員 諸氏のご協力,ご支援を,と願う。

(わたなべ しんいち 学術会議/国際交流担当理事・同志社大学)