《座標》『図書館界』54巻5号 (January 2003)


読書は強制してはならない

宇原 郁世

10月27日からの読書週間中,図書館や書店では読書をすすめるキャンペーンが展開された。けれど,学校の図書館はいつだって「読書の一年中」。友達と肩を触れ合わせて座り,一緒に笑い転げたり,おもわず声を出したり,ときには泣いたり。「みんなと読むと何倍もおもしれーなー,なんでじゃろー」の気持ちは,読む側の私も同じだ。

自分の読みたい本を探す,調べ学習に必要な資料をみる,時には友だちとの待ち合わせ場所にと,使われ方は様々だが,図書館は子どもたちの学校生活に溶けこんでいて,図書館のない学校は考えられない。子どもたちの「読書離れ」が盛んに言われているが,学校図書館で毎日子どもたちを見ていると,それは,子どもたちに読書の条件を作ってあげていないからだと断言できる。

2001年12月に『子どもの読書活動の推進に関する法律』が成立し,国や自治体が子どもの読書をすすめるための基本計画をつくることが決められた。国の『子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画』は,2002年8月に閣議決定され,次はそれをもとに都道府県や市町村が計画を作ることになっている。

この法律の制定そのものに関して,「本を読むという,一人一人の内面,精神に関わる事柄を法律で決めるべきではない」という声や「国や自治体の役割は,住民の身近に図書館を作ったり充実させたりなどの条件整備にある」という意見もあった。国の基本計画にはこうした声を反映している部分もあるが,卒業までに読むべき本の冊数目標を設定しようとするなど,子どもたちに読書を競わせるような内容も含まれている。(国の基本計画(案)に対する日本図書館協会など各団体の意見表明は『ぱっちわーく』2002年8月号にまとめて掲載されている。また基本計画については,松岡要氏が本誌今号でくわしく問題点を紹介している。)

振り返ってみると,国が子どもの読書や図書館の問題で何らかの発言をはじめたのは,「児童・生徒の読書に関する調査研究協力者会議」設置とその報告『子どもの読書とその豊かな成長のために』(1995年8月)がスタートであったように思う。ちょうどこの頃,学校図書館法改正問題も浮上した。多くの関係者の疑問や危惧の声を押し切って学校図書館法「改正」が成立したのが1997年6月。さらに,2000年を子ども読書年にという提案や,子ども読書年を記念して国際子ども図書館を作ろうという計画が続き,子どもの読書活動の推進に関する法律成立へと動いていったわけである。
共通するのは,「読書はよいものである。子ども達には(多少無理をさせても)読書を習慣づけさせたい」という意図が見え隠れしている点である。「子どもが本を読まない国に未来はない」というキャッチフレーズすら登場した。

これらと近い発想で,中央教育審議会答申『新しい時代における教養教育の在り方について』(2002年2月)も出された。そこには,読み聞かせや朝の10分間読書などの勧めが盛り込まれ,「和漢洋の古典を始め,優れた書物に向き合うことの大切さを強調したい」として,学校としての必読書30冊を選定し,卒業までに読むことを勧める必要性などが説かれている。学校図書館との関わりで言えば,土・日曜日の学校図書館の開放や,ボランティアの活用なども盛り込まれている。
こうした国の動きを受けて,子どもの読書活動の推進に関する法律制定以降,全国の多くの自治体議会で子どもの読書や学校図書館に関する質問がされている。

子どもたちに必要なのは,魅力的な本がいっぱいで,居心地が良く,本に詳しい専門職員のいる学校や地域の図書館の充実だ。くれぐれも,「あれを読め,これを読むな,何冊読め」というような「指導」はすべきでないと思う。子どもが本を楽しむためには,何よりも「自由さ」が大切なことを私たちは実感している。
図書館現場で子どもと本を結ぶ仕事をしている職員や,地域で活動している人々の声を生かした自治体の計画にしたいものである。そして,善意で「子どもに本を読ませたい」と考えている人たちにも,「読書は強制してはならない」ことをしっかり伝えていきたい。

(うはら いくよ 理事・岡山市立伊島小学校図書館)