《座標》『図書館界』57巻4号 (Nov. 2005)


豊中の輝きを

飯田 寿美

 2005年4月,大阪府豊中市は,新しい出発のときを迎えた。1993年に,初めて学校司書が配置されてから13年目にして,ついに,41小学校と18中学校のすべてに配置が完了したのだ。

 それを記念して,7月9日,学校司書全校配置記念フォーラム「教育に活きる学校図書館」が,豊中市立岡町図書館で開かれた。主催は,「学校図書館を考え専任司書配置を願う市民の会」。

 午前中は,学校司書,司書教諭と学校司書,そして学校長という,学校図書館を違った角度から捉えた3組の実践報告。午後は,今まで豊中市の研修会で講師を務め,教師や学校司書を励ましてこられた塩見昇氏,竹内悊(さとる)氏,土居陽子氏,宇原郁世氏によるパネルディスカッションというプログラムであった。会場いっぱいに,市民,学校司書はもちろん,教師,教育委員会の人など,さまざまな立場の参加者約160名が集い,熱気あふれる会となった。

 大阪のベッドタウンで,大きな企業もないこの人口40万の市で,厳しい財政事情にもかかわらずこれだけのことをなしとげるには,当然のことながら関係者それぞれの高い志と粘り強い努力があった。

 まず,フォーラムの主催者でもある「市民の会」は,文庫活動の中で学校図書館の充実の必要性を感じ,学習会を重ね,行政に働きかけ,入りだした学校司書を支えてきた。その地道な活動の歴史を語る淡々とした口調に,市民の方たちの腹をくくった底力と今後への並々ならぬ決意が感じられた。

 この市民たちからの強い要望になんとか応えようとしてきた豊中市。新聞のインタビューに,現市長は,「学校司書配置は一過性のものとして途中でやめるわけにはいかない。よほどの覚悟を決めないとできないことだが,行政として何を優先させるかの問題。市の宝である子どもたちに投資する意義は大きい」と述べている。

 最初,学校司書が何をする人なのかわからなかった教師たち。学校図書館をテーマに各学校で研修会を開き,討議を重ね,学校図書館を使った新しい授業の実践を積み上げてきた。学校司書との協働が始まっている。

 「団体貸出室」を作り,各学校図書館のネットワークの要となっている公共図書館。これは亡くなられた伊藤峻氏の努力が大きいが,現在もサービスの一環として,学校図書館活動を支え続けている。

 そして,市民の期待を背負って,学校図書館活動の担い手となった学校司書。学校司書連絡会の中で,どの学校でも一定水準以上の活動ができるために「豊中市学校司書研修資料」というマニュアルも作り上げ,お互いに連絡を取り合いながら,利用者(児童・生徒と教師)へのサービスを展開している。

 こうしたさまざまな人たちの努力によって,豊中はこの日を迎えた。ただ,大きな問題点をひとつ残している。それは,嘱託という学校司書の雇用形態である。1992年,市との話し合いの中で,あくまでも正規を要望すればこの先10年たっても司書配置が実現しないと判断した「市民の会」の苦渋の決断によって,嘱託での配置となった。

 週30時間という制約は,よりよいサービスを展開しようとすればするほど足かせとなり,利用者に我慢を強いるほか,職員会議への出席が時間外になってしまうなどの無理が生じている。また,その給与は自立して生活することも困難な額で,何年たっても変わらないため,将来に不安を抱いている。いつまでも彼らの熱意に依存することが許されていいはずがない。もちろん,「市民の会」は,正規化に向けてその歩みをさらに進めようとしている。たいへんな困難があるだろうが,キャリアを積み,もっと活躍してもらうために,ぜひその実現を期待したい。

 豊中の西隣の市では,充て職の司書教諭とボランティアで学校図書館を運営する流れができかけている。東隣の市では,使える蔵書がたった100冊の学校図書館がある。それでも,前者ではこれでいいのだろうかと疑問を抱いたボランティアの会の活動が始まっている。後者では公共図書館の支援を得ようと頑張る2校兼務の臨時職員がいる。

 豊中の輝きが近隣にも波及し,豊かな学校図書館サービスがどこでも受けられるように,行政も学校も市民も公共図書館も研究者も,一緒に考えていただきたいと,心から願っている。

(いいだ すみ 理事・小林聖心女子学院)