《座標》『図書館界』58巻3号 (Sept. 2006)


機関リポジトリの離陸

渡邊 隆弘

 わが国の大学図書館界では一昨年ごろから,学内で日々生産される研究・教育成果を機関(大学)単位で管理(収集・組織化・保存)し広く情報発信を行う「(学術)機関リポジトリ」が,中心的な話題の一つとなってきた。国立情報学研究所(NII)では数大学の協力のもとに技術的側面を中心とする実験プロジェクトを行った後,2005年度から大学の「機関リポジトリ構築・運用」に関する委託事業を行っている(「次世代学術コンテンツ基盤共同構築事業」)。名称は「委託」であるが,各大学から自由な提案書を募って審査を行う方式で,実質的には支援・助成事業である。
 昨年度は主に大規模の約20大学が委託先であったが,2006年度は「最大100大学程度の採択」「予算総額は約3億円」との計画で結局57大学の採択となり,より広い配分によって全国的な普及の一助にという意図がうかがえる。

 その意義については様々な言い方がなされるが,学術研究成果情報を想定すれば(教材などの教育成果情報を扱う場合もある),「研究機関と研究者の社会的責任」と「情報アクセスの向上による学術活動促進」の両側面に整理できるだろう。
 分野による差はあるが,研究活動に占める公的資金・外部資金の割合は大きく,研究機関・研究者には成果を広く還元していく社会的責任がある。米欧では,公的資金による研究成果について無料公開(フリーアクセス)を義務づけるという論議が政治レベルで進行している。また,社会的責任を十分に果たすことは,社会貢献に値する成果の存在と機関のアカウンタビリティへの姿勢を示すことでもあり,競争的環境下にあっては強力な「広報」手段でもある。

 一方後者の「情報アクセスの向上」は,1990年代の学術雑誌高騰問題を直接の引き金とした「オープンアクセス運動」につながるものである。研究者は学術論文執筆それ自体から報酬を受け取っておらず,そもそも著者層も読者層も同じ(分野の)研究者コミュニティであるはずなのに,どうして巨額の雑誌費に圧迫されなくてはならないのか?という疑問が運動の出発点である。商業出版社との対峙の過程で,競合誌の刊行などとともに,機関リポジトリによる自前の情報発信の重要性が唱えられてきた。構成員の研究成果が各機関のリポジトリ上でフリーアクセスとなれば,研究活動の自由度は大きく高まる。現在では多くの学術出版社・学協会が,学術誌掲載論文と同内容のものを論文著者が自機関のリポジトリに搭載すること(「セルフアーカイビング」)を認めるようになっている。

 上記の両側面は,いわば前者は成果を「作る」立場から,後者はそれを「使う」立場から述べたもので,(各研究者が両方の立場に立つのが学術情報の特質であるから)結局は重なり合う。すなわち,それぞれが社会的責任を果たすことが,自分たちの情報環境の向上に直結することとなる。
 また,情報アクセスの向上は個別の研究者の利益というだけではなく,情報格差の縮小という大きな社会的意味を担っていることも重要な観点である。2004年3月の本欄で,国立大学法人化によせて競争的環境下での図書館協力・資源共有を取り上げたが,機関リポジトリによるオープンアクセスの実現も,公正な競争の必要条件でありながら競争の繰り返しによって損なわれやすい「機会の平等」を実現する仕組みの一つという捉えることができる。情報アクセスは研究活動において非常に基盤的な要素であり,広く保障されているべきものである。

 機関リポジトリの担い手として最適の組織が学術情報に関する専門性を有した図書館であるという認識はほぼ浸透したようであり,既に国内でも20近い大学図書館がリポジトリを稼働させている。ただ,現状は総じて紀要論文などの「灰色文献」が中心で,学術雑誌に掲載された査読論文(「ポストプリント」)はまだ多くない。技術的問題や出版社等との権利関係は解決がつきつつあり,後は著作者である自機関研究者の積極的協力をいかに得るか,が内外を問わず多くの図書館の悩みとなっている。
 NII委託事業を呼び水として幅広い面展開がはかれるかどうか,この1,2年が今後の帰趨に関わる大事な時期になるだろう。つい最近まで大学図書館の現場に身をおいていたので他人事のような物言いは心苦しいが,実のある離陸と飛翔を強く期待したい。

(わたなべ たかひろ 理事・帝塚山学院大学)