《座標》『図書館界』59巻4号 (Nov., 2007)


図書館員養成におけるメンター制度

呑海 沙織

 メンター制度は,メンタリング(Mentoring)を取り入れた人材育成制度である。メンタリングとは,知識・経験の豊富な人が,未熟な人に助言や対話を行うことによって,一定期間継続して支援する育成・指導方法のひとつである。育成者はメンター(Mentor)と呼ばれ,「経験を積み,信頼されている助言者あるいは案内者」であるとされる。一方,被育成者はメンティ(Mentee)やプロテジェ(protege)と呼ばれ,メンターの助言や支援を得ることによって,知識を得,経験を積むことによって,熟練者となる。

 「メンター」は,ホメロスの作と伝えられる叙事詩『オデュッセイア』に登場する老賢人メントル(Mentor)に由来するとされている。ギリシャの智将オデュッセウスは,トロイ戦争からの凱旋帰途,さまざまな障害や誘惑を乗り越えながら10年間という漂流生活の後,帰国する。オデュッセウスの留守中,その子テレマコスの後見を任されたメントルは,良き理解者としてテレマコスを支え,立派な指導者へと導いてゆく。

 メンタリングの特徴は,メンターがメンティに意図的教育を施すのではなく,対話や助言を通じてメンティの自発的・自立的な発達を促すところにある。メンターとメンティは基本的に一対一の関係であり,メンターはメンティの精神的支えになるという側面も大きい。

 英国で,図書館員として認められるためには,図書館・情報専門家協会(Chartered Institute of Library and Information Professionals,以下CILIPという)の公認会員,すなわちCILIP公認会員(Member:Chartered Library and Information Professional,以下MCLIPという)あるいはCILIP特別公認会員(Fellowship:Chartered Library and Information Professional,FCLIP)の資格が必要である。CILIPでは,この資格認定過程においてメンター制度が導入されている。

 CILIPにおいてメンタリング制度は,必要不可欠な制度であると位置づけられており,MCLIP取得に際してメンタリング・システムへの登録は必須とされている。CILIPにおけるメンターは,メンターとしての訓練を受け,CILIPに指名された者をいう。メンターに関する情報は,CILIPのウェブサイト上で,地区ごとにリストアップされており,メンティはこの情報等を参考にして,メンターを任意に選択することができる。

 メンターに求められているのは,直接メンティを「教育」することではなく,メンティに対して助言を与え,対話を通じて方向性を与えることによって,メンティの潜在的能力を引き出す手助けをすることである。具体的には,資格取得に必要なポートフォリオやパーソナル専門能力開発計画(Personal Professional Development Plan:PPDP)の作成を支援し,情報プロフェッショナルとしての実体験に基づく助言を行う。メンターには,メンティの意向を尊重し,メンティの独自性や個々の能力に尊敬をもって接することが求められている。

 CILIPにおけるメンター制度は,学習者のきめ細かいサポートやコミュニティの強化,歴史的経緯などがその導入の理由としてあげられるが,暗黙知の継承も大きな理由のひとつであろう。暗黙知とは,経験や勘に基づく知識であり,言葉などで表現することが難しいものである。日本においても,人員にゆとりがあり,変化がゆるやかな時代には,職場,学会,勉強会などのコミュニティ内の自生的なメンタリングによって,暗黙知が継承されていたといえる。しかし,人員削減,2007年問題,頻繁な異動,情報通信技術の発達による革新的変化,法・制度改正により,状況は大きく変わりつつある。このような自生的なメンタリングが生まれにくい環境では,縷々積み重ねられてきた暗黙知の継承が断絶されることになりかねない。
 サービスや業務のマニュアル化など,暗黙知を形式知化することによって解決しようとする向きもあるが,専門的スキルや専門的業務における知識・経験は形式知化することが難しい。むしろ,形式知化できないところに専門性があるといっても良いだろう。図書館員養成において,メンター制度の導入は考えられないだろうか。

(どんかい さおり 理事・京都大学医学図書館)