《座標》『図書館界』60巻5号 (Jan., 2009)


リーマンショックと図書館

寒川 登

 2008年9月15日,アメリカの大手証券会社「リーマンブラザース」が突如,経営破綻した。この日を境に世界経済は,かつて経験したことのない大規模で深刻な金融危機へと引き込まれていった。この危機は,当初,サブプライムローン問題に端を発したものであり,そのことと比較的関与の浅かった日本経済にとってはそれほど大きな問題ではないという楽観的なムードが支配的であったが,経済がグローバル化している今日では,このことと無関係でいられる国は存在しなかった。リーマンの破綻以来わずか2ヶ月後には日本経済も底の見えない経済危機の渦中に身をおくこととなった。

 また,企業業績の急激な悪化に歯止めがかからないなかで,雇用調整が行われ,非正規社員を中心として大幅な人員削減が実行された。このためセーフティネットの未整備問題等も絡み,これまでの雇用構造に関わる矛盾が一気に吹き出し,年の瀬を控えた12月には「派遣切り」問題がクローズアップされるなど,誰もが予想だにしなかった百年に一度と言われる大きな社会問題となった。

 経済がグローバル化した今日ではこうした状況に無関係でいられるところなどはなく,図書館とて例外ではあり得ない。もともと図書館は非正規職員に頼る部分の多い典型的な公共サービス機関であり,ところによってはこれまでに既に直営から指定管理者制度の導入,委託や派遣も受け入れている状態があった。今回の問題によってこのことにさらに拍車がかかることも懸念されるところである。その意味では,図書館自身の生き残りをかけた局面がすぐそこにあるとも言える状況が強まったとも言える。

 金融危機を発端とした世界的な景気後退により,日本でも2009年度の地方税収の大幅な減少が見込まれている。このこととの対で政府予算の大幅な増加が検討されており,2009年度予算額は過去最大規模になる見込みである。こうした時期には景気対策のために積極予算は必要なこととされているとはいうものの,原資は増税と国債に頼ることになり,負債を将来に先送りすることになる。

 こうした状況から,程度の差こそあれ,「身の丈論」で公共サービスの縮小が現実的な課題として取り沙汰されている。こうした論議が過剰反応になることや,この機に乗じて,というようなことのないようよく見ておく必要がある。

 ともあれ,実体経済の悪化に対する対応策は政治の問題として,政府をはじめとする関係諸機関・専門家に委ねられることになるが,そのことと並行して,公共サービスの現場としての取り組みがあるはずである。

 図書館は過去にも大きな危機を経験しており,そのときの教訓を得ている。911テロのときのニューヨーク公共図書館の,インターネットを使った身近な生活情報の発信に関わる活動は人々に注目されたところである。ただ,これは日頃からの地域との密接な関係の中から生まれたこととされている。また,阪神淡路大震災のとき,復興の中で「ライフライン」論との関係で図書館の役割がどのようなものであるのか議論され,ここでも生活情報の提供等の重要性が指摘されている。こうしたことを今の情勢の中で図書館活動に活かすことができないものかと考える。最近,福井県立図書館が「金融危機~歴史に学び,乗り切る知恵~」という企画をしている。このような実践が積み重ねられることが社会貢献となり,かつ図書館への支持にもつながるのではないだろうか。今回の危機が世界規模のものであり,局所的なものではないという違いはあるにせよ,公共サービスを行う図書館としてできることは積極的にしていくべきであろう。

 ローズヴェルト大統領が世界恐慌(1930年代)のときに言った言葉に“われわれが恐れなければならないのは,恐ろしいと見ておびえること自体である”というものがある(『物語アメリカの歴史』猿谷要著,中公新書,1991)。人々の持つマインドの大切さを指摘したものである。図書館の仕事は,資料提供にはじまり資料提供におわる。徹底した資料や情報の提供をとおして,世界金融危機のさなかにある人々のマインドを勇気づける何らかの行動につながるようなことをしたいものである。

(さむかわ のぼる 理事)