《座標》『図書館界』62巻1号 (May 2010)


Web2.0とプライバシー再考・論議の重要性

前川 敦子

 近年,図書館の内外に,Webを活用した新しい図書館サービスを作っていこうという声,たとえば貸出履歴を活用しようという主張がある。こうした声を踏まえ,2008年度全国図書館大会(神戸)では「『Web2.0時代』における図書館の自由」と題した分科会がもたれ,また当研究会の2009年度研究大会でも一部論議された。しかしまだ,こうしたテーマについて十分にかみ合った論議が行われていないように思われる。

 こうした課題について,米国ミネソタ・ドゥルース大学の図書館員リトウィン(Rory B. Litwin)の自身のブログ“Library Juice”へのエントリー“The Central Problem of Library2.0 :Privacy”(http://libraryjuicepress.com/blog/?p=68)は2006年5月に書かれた少し古いものだが,今も興味深い内容が含まれているので紹介したい。

 リトウィンは,Library2.0という考えが,若いWeb志向の図書館員たちがデジタル化する未来に向けて司書職を再構築しようとする中で生まれてきたものであり,年配の主流派図書館員とは離れたWebベースの会話(discourse)で行われており,両者のコミュニケーションが十分持たれていない点を指摘し,自身が架け橋になろうとした。彼自身は1996年以降積極的にWebにかかわっており,司書職とその文化はネットワークコミュニケーションの中に広がるべきで,また同時に,巨大メディアのもたらす消費資本主義的情報と娯楽の場とは異なる,自由にアクセス可能な非商業的な情報と学びの場という図書館の存在を,堅持すべきだとしている。

 図書館とWeb2.0とは,プライバシーとの関係で真反対の関係にある。Web2.0やLibrary2.0といったサービスは,個人の情報を他人に開示すること,「見る/見られる」サービスであるのに対し,伝統的な図書館は個人の思考と結びついた「個人的な営みとしての私的な読書」を提供してきたし,読者のプライバシーを神聖なもの,図書館の中核的価値として扱ってきた。

 リトウィンは以下のように続ける。ブログやソーシャルネットワーキングサイトの利用者は,自分の個人情報を扱うだけの成熟さにはまだ欠けており,自分では統制していると考えている自己の情報が,実際には統制外にも及ぶことに気づかない。またミレニアル世代(1980年代以降生まれ)の若者が示す情報共有の態度は,個人のプライバシーの貴重さを痛みのある人生経験から学ぶことで変わる部分がある。彼らが今,プライバシーを重要視しないからといって,その位置づけを変えてもよいとたやすく答えを出さず,時間をかけ考えるべきだ。世代を交えてLibrary2.0に関連するプライバシーの論議をもっと持つべきだとしている。

 ここで,世代という言葉は単に年代を示すものではなく,価値観の多様性をふまえたものだが,こうした提起は今,我々にも当てはまるように思える。

 図書館におけるプライバシー保護,図書館記録の秘密性を守ることは,利用者が図書館を信頼して利用できるかという問題であり,市民の知的自由を支える機関としての図書館の存在基盤にかかわる。近視眼的にならず,長い目で見て考えてほしい。一方,新たなサービスを主張する立場から以前得た「百の論説より一の実装」という発言に感じいったことがある。目指すものを自ら実践する姿勢には,敬意をもって接したい。価値観の多様性を前提としつつ,図書館にとって何が必要か,自分の考えをわかるように伝え,相手の言葉を聞き,ともに考える姿勢が,単純なようだが論議の前提に必要であるし,そうすることが図書館を取り巻く厳しい状況の打破につながると思うのである。

 デジタル時代・オンライン時代のプライバシーにとって,検討すべき課題は貸出履歴の活用という事例だけではない。レファレンスやILLの記録,検索ログ,コンピュータの利用ログ,RFID,Googleの動向やクラウドコンピューティングなど,様々な課題がある。図書館員だけではなく,IT関係者・メディア関係者など共同で考えることなしに,図書館だけを守ることはできない。なお伝え,聞き取り,ともに考える姿勢が重要になるように思える。

(まえかわ あつこ 理事・奈良先端科学技術大学院大学附属図書館)