座標『図書館界』63巻2号 (July 2011)

《座標》『図書館界』63巻2号 (July 2011)


図書館の「貸出猶予」を憂う
-新刊書の貸出停止がもたらすもの-

竹島 昭雄

 今回の東日本大震災で被災された皆様には,心からお見舞申し上げます。
災害から2ヶ月以上経過する中で,いまだ被災地で苦しい生活を余儀なくされている人々ならびに被災図書館の一日も早い復興をお祈り申し上げます。

 さて,作家の樋口毅宏氏が,今年2月25日発行の『雑司ヶ谷R.I.P』(新潮社)巻末に,公立図書館での貸出猶予を求める要請文を掲載し,これに呼応して群馬県高崎市立図書館が「筆者の意向をできるだけ尊重」して,半年後の8月25日までこの本の貸出をしないことが報道されている。この処置にいたる見解は図書館のホームページに掲載されており,「今回の樋口氏のなされた問題提起に関しても,これを契機に継続的に議論がなされ,誰もが快適に本を書き,読み,知識を広める土壌が広まる環境が整うことを願っております。」と結ばれている。

 確かに,こうした環境が整えられることは作家も図書館も利用者も共通の願いである。しかし,図書館がこの問題提起に貸出猶予という手段によって解決を図ろうとすることは,むしろ,図書館の存在基盤を危うくすることになると思われる。

 ここで問われているのは,図書館の社会的役割であり,この役割を果たすことが著者の財産権を脅かす状況にあるか,あるとすれば誰がその責任を担うかということにあろう。図書館の社会的役割は「資料提供を通じて人びとの知る権利を保障する機関」 であることは,広く認められているところである。そして,貸出サービスは資料提供の最も重視しなければならないサービスであるとともに,多くの市民が願うサービスであることも確かなことである。ここに,図書館がその役割を果たすうえで貸出サービスが他のいかなるサービスよりも重要視されなければならない理由がある。

 この貸出サービスが,著者の財産権侵害にどの程度影響を与えているかについては,「公立図書館貸出実態調査2003報告書」結果が記憶に新しい。そこでは,主としてベストセラーに関する調査ではあるが,複本数と「図書館提供率」と呼ばれる指標によって,図書館の複本提供が市場に大きく影響を与えるほどではないという結論にいたっている。この結果を踏まえて,文芸5団体から公貸権制度の確立とともに図書館の充実を要望する『図書館の今後についての共同声明』が出されたのは衆知の通りである。

 それにもかかわらず,樋口氏がこうした要請文を掲載したことは,この問題に対する作家側と図書館側の見解の相違を表明するものと受け止めざるを得ないし,この要請に応じることは図書館をさらに深刻な状況に招くことが懸念される。

 懸念の一つは,図書館が購入する新刊図書のすべてに対して貸出猶予期間を設けることにつながる可能性を孕んでいるということである。特定の作品に貸出猶予期間を設ければ,要請文のある作品が出されるたびに応じなければならなくなるであろう。高崎市立図書館は,これについて「個別にそれぞれ判断したい」 とする報道がなされている。しかし,公的機関が個々の出版物の取り扱いに違いを設けるのは,どのような理由から可能なのであろうか。

 二つ目は,貸出猶予作品が増えれば被害を受け続けるのは利用者であり,たとえ「継続的な議論」が期待されても,利用者の犠牲の上に行ってよいものであろうか。図書館が,こうした状況をつくりだすことは,自らその社会的役割を放棄することになるといわざるを得ない。

 ただ,この要請文は著者の願いなので,これに図書館が応じる義務もなく,杞憂に過ぎないのかも知れない。しかし,それだけでは収まらない状況が『出版ニュース』(2010.8/中,2011.4/中 )に掲載された論文からも伺える。

 それだけに,図書館は拙速に著者の要請に応えるのではなく,日本図書館協会が示した「図書館における貸与問題についての見解」(2004.3.5)を大切にしながら,協会による権利者との協議,この問題の国民参加の機会提供が早急に求められるのである。

(たけしま あきお 理事 京都精華大学)1)「図書館における貸与問題についての見解」JLA,2004.3.5
2)『朝日新聞』2011.5.12夕刊
3)「図書館は出版営業を妨げているか」松岡要著
4)「図書館での貸出し猶予の意味」根本彰著