座標『図書館界』71巻1号 (May 2019)

《座標》『図書館界』71巻1号 (May 2019)


司書養成教育について パート2

前川 和子

 2017年の『界』3月号に「司書養成教育と研修について」というタイトルで「座標」に書かせて頂
 いた。日本図書館研究会の会員の皆さまに広く読んで頂ける大きなチャンスだった。自分の経験を第三
 者的に追って,できるだけ客観的に問題を追及したつもりだった(ので,か,しかし,か,理解しにく
 い文章だったかもしれないと反省している)。短期大学図書館員がスタートだった私は,4年制大学図
 書館員に移され,そこで業務の機械化を経験した。このように図書館員を続けていくには司書講習で得
 た司書科目の知識だけでは無理で,絶えず研修を続けねばならなかった。研修は新しい知識を得るため
 ということが一番だったはずだが,よくよく考えると司書養成教育時に教えて頂いて当然ではないかと
 いう内容も研修によって得ていた,ということも書かせて頂いた。図書館で働くために取得した司書資
 格が,思った以上に簡単に手にできてラッキー!と思う反面,その後の図書館員人生の汗と涙を振り返
 ると,もっと司書の基礎科目を充実させておいてほしかった,と手前勝手な論を並べた(本心であるが
 )。それに対しての皆さまからの反応は無しだった。最近になって初めて女性研究者の方から「大変興
 味深い記事だった」と言って頂き,本当に嬉しかった。
 
 そもそも私が得た司書資格の取得単位は,図書館法省令科目の15単位だった。誰もがそうかというと,
 そうでもない。第二次世界大戦後の1951年4月に,日本で初めて大学学部レベルの司書養成課程を
 設けた慶應義塾大学文学部日本図書館学校(JLS)は,特修生1)の場合,38単位(含図書館実習4単
 位)であった。アメリカの占領下,アメリカの支援を受け,R. ギトラー校長ほか4名のアメリカ人教
 師と図書館員1名が教育と図書館運営を担当したJLSでは,当時のアメリカの公共図書館員教育が行われ
 たという。図書館法の単位はJLSと同時代だというのにその差は大きすぎた。
 
 よく知られている事であるが,1950年図書館法が制定されその中で司書資格が規定されたので,1
 950年7月30日現在公共図書館で働いている方は1955年7月30日までに講習を受け資格を得
 なければならないことになった。現職者への再教育のための講習が行われることになったのだ。(私が
 得た司書資格はその流れの中にあるものだった。)新しい図書館員のための講習であるから,新しい養
 成科目を教える教員の養成が急務だった。文部省主催でJLSのアメリカ人の教師たちがこの教員養成を
 担当した(同時に再教育に使われる教科書の作成もされたのはご存じの通りである)。
 
 JLSの教育にもこの教員養成のときにも,教材はアメリカの文献が中心であったが,アメリカ人教師は日
 本人のために日本語の文献を選んで使用した。しかし,自らそれらを選んだのではなく,有力な名のある
 日本の図書館人に聞きそれを取り入れたようだ。R. ギトラーがそのような文献を質問した時,バーネッ
 トは「有山崧,加藤宗厚,岡田温のいずれかに聞けば助言が得られるであろう」と答えたと三浦太郎氏が
 論文で書いておられる2)。新しい日本の司書養成教育の始まりに用いられた文献と文献を紹介した人た
 ちは,戦前から図書館界に力を持っていた人たちだった。あの頃JLSや司書講習で使われた文献は適切で
 あったか。選んだ人たちは適材だったか。もっと相応しい論文・人がいたのでは,このことも興味深いこ
 とである。
 
 ともかくこのように日本では,JLSの教育内容より図書館法の省令科目の司書養成が中心になり改訂が行わ
 れてきた3)。
 
 ますます研修時間が取りにくい現在,「入り口」だけでない司書養成制度,館種別や主題別の司書養成課
 程を実際に開始していかなくては司書の地位やモチベーションが下がっていくのではないだろうか。

 1)学士号を取得せざる特別生のこと「慶應義塾大学文学部日本図書館学校学校案内」より
 2)三浦太郎「占領下日本におけるCIE第2代図書館担当官バーネットの活動」『東京大学大学院教育学研
   究科紀要』45,2005,p.275.
 3)2012年からは従来の講習ではなく,大学で新たな省令科目よる司書資格取得のための教育が始まった。

(まえかわ かずこ 理事・前大手前大学)