2015年度図書館研究奨励賞授賞報告

図書館研究奨励賞選考委員会


 日本図書館研究会図書館研究奨励賞は,機関誌『図書館界』過去2年分に掲載の〈論文〉,〈現場からの提言〉にあたる著作を対象に与えられます。ただし,奨励賞という性格から,既に受賞の方,長い研究歴の方等を除外しました。なお,会員に向け募集した“推薦”への応募はありませんでした。

 2015年度の同選考委員会(塩見昇,志保田務,前川敦子,前川和子,村岡和彦)は2016年1月24日下記の結論を得て,理事会に報告,承認されました。

 本年度の図書館研究奨励賞は,第67巻1号(2015年5月)掲載の論文「教育会図書館の社会的意義:滋賀県八幡文庫(1904~1909)を例に」の著者,嶋崎さや香氏に授賞することとしました。

 この論文は,明治30年代以降,全国各地に設けられた教育会図書館について,その設置目的が「教化」のためのものとする石井敦氏等の主張に一石を投じ,教育会図書館の評価に新一面を加えようとしたものです。研究の手法は,滋賀県蒲生郡八幡町の八幡文庫(1904~1909)蔵書(現在・近江八幡市立図書館所蔵)を主対象として,教育会図書館に国民の「教化」という上意下達的な役割を越え,学業支援や職業支援,地域文化への貢献があった事績の証明を企てました。その例として地域の中心校である県立八幡商業学校に赴任し英語教師をしていた建築家ウィリアム・ヴォーリズが彼による宣教を巡り学生たちの乱闘を惹起したとして解任された一件を採りあげます。ヴォーリズ解任後,キリスト教関係図書の寄贈が同校や八幡文庫に急増し後の近江兄弟社へ連携したむね,地域共生に筆を進めています。

 こうした地域関連性的図書館研究は,嶋崎さんが京都大学大学院教育学研究科における学修で修得した,クリスティン・ポーリーやA. ウィーガンドによる地域図書館の機能分析法に拠っています。つまり,蔵書,蔵書構成を分析し,地域図書館に対する住民の主体的観点を把握する立場です。八幡地域に関して嶋崎氏は,青年男子の正式学歴が低いにも関わらず,学力が他地域の青年を凌駕する事実を,徴兵検査記録,『滋賀県統計全書』を通して把握し,この学力が八幡文庫及びその恩恵に与る県立八幡商業学校に起因するものと推考しています。

 振り返って,嶋崎さんは,信州大学人文学部・和田敦彦(現早稲田大学図書館副館長で『越境する書物:変容する書物環境の中で』新曜社,2011の著者)のゼミで「子どもの読書への視線 ― 全国学校図書館協議会を中心に」の卒論を書き,名古屋大学大学院に進学し「明治初期における読書施設と読者」を修士論文としました。加えて大阪府立中之島図書館・図書館を学ぶ相互講座に参加し「滋賀県立八幡商業学校の蔵書調査 ― 和装本を中心に」を報告発表しています。それを経て京都大学大学院教育学研究科前期博士課程(Wマスター)に入り,川崎良孝教授の指導の下に,「教育会図書館の社会的意義」の修士論文を書きました。さらに同後期博士課程に進んだうえ,2014年2月の日本図書館研究会第55回研究大会で当該テーマをもって個人発表しました。こうして嶋崎さんは一貫,日本近代初期の読書と図書館(蔵書)の研究を続け,この論文に繋ぎました。

 最後に当論文の研究,作成にかかわる手法を確認しておきます。現在の近江八幡市立図書館蔵書中の「旧館図書」のうち教育会関係蔵書印が残るものに集中,調査しました。対象資料の分類に,蔵書研究において多用されている『国書総目録』(岩波書店)の分類法に倣うのではなく,国立国会図書館(NDL)サーチを活用し,そこから日本十進分類法(NDC)記号を掴みとるという現代的感覚を見せます。ただそこで用いたNDCが,その第何版であるかその版次を示さず,かつ第1次区分である歴史を20,社会科学を30と表示し,これらを「分類番号」と称した点は,分類記号法への無案内さを覚えさせます。加えて近江八幡文庫という事例研究は絶好だが,そこから教育会図書館の全貌を見ようとする論法には,僅かに“仮説”とのうらみを残しているでしょう。

 ただ分類は援用枠上の些事であり,教育会図書館の通説「教化機関一辺倒」に一石を投じた当実験は,今後更に同種他館の分析で補説するという期待を抱かせる,奨励賞の名に値する纏めとなっています。

 2016年2月21日の2015年度研究大会で,前田章夫理事長から授賞。嶋崎氏がお礼の挨拶をしました。

 追記。以外の対象著作にも新鮮な作品があり,「研究歴の長い方でないかも?」と議論した事案がありました。それらのうち次の選考期間に跨る著作は候補の列に残し,検討を重ねるよう申し継ぎます。

(2015年度,日本図書館研究会図書館研究奨励賞選考委員会:委員長・志保田務,担当理事・前川和子)

(本報告は『図書館界』68巻1号に掲載)